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ミナは語られた内容に唖然としつつ、悪魔の有理の方を見た。有理は、目を輝かせて、楽しそうな顔をしている。
「高畑さん」
ミナは確認のために口を開く。
「つまりは「彼」は、貴女の好きという気持ちも、下手したら存在すらも意識していない?」
「……そうかもしれませんね。しかし、私の思いを知ったら、きっと彼も私のことを見てくれるはずです」
「でも、思いを伝えてはいないのでしょう?」
「一緒に死ぬという形で伝えるのです」
ミナはため息を吐く。
「あの……心中計画に水を差すようで申し訳ありませんが、一緒に死ぬ前にまずは気持ちを「言葉」で伝えるべきではないですか?」
「それは……」
高畑は顔を曇らせた。
「伝えたことで、もし、嫌われてしまったら……」
「でも、どうせ死ぬつもりなんでしょ? だったら伝えてからでも同じでしょう?」
ミナの言葉に高畑は考え込む。一分ほど黙考していただろうか。ゆっくりと口を開く。
「たしかに、その通りかもしれませんね」
その言葉を引き出せたことにミナは安堵の息を吐く。気になるのは悪魔の反応だが、有理の顔を見ると瞳が怪しい光を湛え楽しそうな表情をしていたので、とりあえず「勝手なことをするな」と怒られずに済みそうだ。
「でも、伝えると言ってもどうしたら……」
「伝えるのでしたら、早ければ早い方が良いでしょうね」
有理の赤い唇が開く。
「どうやら貴女の思い人は、明日新しい彼女と、付き合い始めてから初めてのデートをするようですね」
「……そうなんですね」
「場所は築港アクアランド。カップル向けのイベント期間中みたい」
築港アクアランドは、イルカプールや海獣コーナーも充実している大型の水族館だ。子供連れの家族だけではなく、カップルにも人気のレジャー施設である。併設されている観覧車には、一緒に乗ったカップルは永遠に結ばれると言われている。
「高畑さん,アクアランドは行ったことありますか?」
「子供の頃に家族と行ったっきりです。薄暗くて少し怖かったような気がします」
「その薄暗さが、付き合いたてのカップルを親密にさせるんです。デート先としてはもってこいだと思います」
有理は煽るようなことを言う
「それは……」
「高畑さん。このまま初デートの成功を黙ってみているつもりですか?」
「いや」
「それなら」
有理はゆっくりと、とんでもない提案をはじめる。
「どうせならそこで、彼に思いを伝えてしまいましょう。初デートの思い出を、貴女の告白の思い出で上書きしてしまいましょう」
高畑は僅かに瞳を見開き、それから口角を微かに上げた。
「上書き……いいかもしれませんね」
依頼人の答えに有理は瞳を輝かせた。ミナはため息を殺しつつ、肩を落とした。
その後、有理は悪魔の能力を使い、「彼」らの初デートの予定を高畑に伝えた。
駅ビルの地下のレストランで昼食。その後、電車で水族館へ移動。館内を周り、十五時からの海獣ショーを観て、最後に観覧車に乗る。
「いつ告白に行くのがいいでしょうか?」
「そうですね、観覧車の前がいいでしょう」
有理は言う。
「なんだかんだ言っても付き合いたてのデートは疲れるものです。疲れと飽きのピークがその頃でしょう。貴女が告白するインパクトは強いでしょう。逆に、観覧車に乗って盛り上がってしまってからでは、効果が半減します」
「なるほど、流石ですね」
計画は決まった。ミナには無謀であるとしか思えなかったが、有理と高畑は八割がた成功が約束されている商談に挑むビジネスマンのような表情で頷きあっている。
その後有理は、高畑に効果的な服装や告白の文句をレクチャーし、高畑は明るい表情で魂の支払いをした。
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