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「ところで、君はどうしてこんなところにいるのかな? 僕は、悪夢のせいだと思ってるんだけど」
いろいろと分かっていそうなシロの表情に、私は話すべきか特に迷わなかった。妖怪に相談するなんて、滅多にない。ましてや話せる人も。だから私の口は軽かった。
「私、アヤメちゃんっていう女の子の友達が好きなんだ」
「自分が女の子なのに?」
「うん。シロはおかしいと思う?」
「思わない。容姿による”らしさ”があるけど、妖怪に性別はないからね」
「もっと小さな頃から、私は女の子の好きなものを好きになれなかったの。ままごとをするより外でボールを蹴ってるほうが楽しかったし、手足が出る喧嘩をするのも大好きだった。でも、一緒に遊んでくれる男の子が男子になって、性別の区別がつくようになってから私の居場所はなくなった。野蛮で汚い私を女子は避けてたし、男子からも女なのにって思われてた。小四のときに事件があって。それからは、そういうところは見せないようにしようって誓ったんだ」
こぼれ落ちる言葉の端同士は繋がっていて、途切れることなく話は続いていく。透明な帯はせせらぎに捕まって、どこかへ行ってしまう感覚がした。
「ただ、アヤメちゃんと一緒にいると好きだって思っちゃうときがあって。意識しすぎなのかもしれないけど、たまに辛くなる」
シロは黙って私の話を聞いている。
茶色い瞳がとらえるのは、たぶん、私の目の黒いところ。
「なるほど、現実では本心を隠してるんだね」
うんうんと頷いて、それから近くの草むらの上に座りこんだ。
「だから君がここにいるのか」
シロは一緒に座るように自分の隣を叩いて促した。
「時間は大丈夫? もっと君の話が聞きたいな」
それが君のためになりそうだから。というシロの言葉に私は嬉しくなって、自然と足が葉っぱと手の鳴るほうへ動いていた。
この日から私は夜の河川敷でシロと会うようになった。
◆
「ミオ、またタバコを持ってきたのか。大人ぶっても大人にはなれないよ?」
「なんだラムネか。コーラ味? 一本もらおうか」
シロはほとんど毎日、河川敷にいる。日をまたぐ前後で仕事を分けているらしく私との話は休憩時間と考えているようだ。基本的にはシロから話題を振られて、家族とか学校とか、私のことを話す場合が多い。ただ、獏としての仕事をこなす彼にも愚痴があるようで、ときどきはそういった話を聞いた。
「後輩のせいなんだ。状況が悪化してきているのに、こちらに報告しないから大変なことになってる」
「悪夢を見る人が増えてるって話?」
「ああ。まだ小規模なうちなら数で対処できていただろうに。自分の非になると怖くなったんだよ」
「生々しい話だね」
「まぁ、後輩ばかり責めても仕方ないと思う。悪夢は、見た人に起因するしね」
私は夜遅くまで働く父親の姿や街の景色を思い出した。長い残業や人間関係、責任の重さ。世の中の大人がどれだけ大変な思いをしてお金を稼いでるのか。現実の辛いことが頭に残って、夢になって現れたっておかしくない。
「大人になりたくないな」
「なんだ。さっきまでタバコを吸う真似すらしてたくせに」
「私は大人ぶってるんじゃない。男っぽくしたいだけだ」
暗闇に盛大なため息を吐くと、胸がすっと冷たくなる。
「タバコでは男にもなれないと思うけどなぁ」
上から目線で大人ぶってるのはどっちなんだと言いながら、私は河川敷を見渡した。曖昧な影の世界で、私たちは同じ色に染まって並んでいる。女の子らしい形を溶かした、そのままの私をシロは知っている。だから、たとえ憎まれ口を叩こうともシロを嫌いにはなれなかった。
夜更かしして寝不足になるかと思っていたが、シロと会うたびに私の体調は良くなった。授業中の居眠りはなくなったし、悪夢を見る機会も減った。だけど、悪夢の伝染は広がるばかりだ。仲良しグループだった友達二人が、実は夢見の悪さで体調を崩していたと知ったあとで、学校を休む人が続出している。ずっと休むわけにはいかないからとみんな登校してくるけど、表情は暗く、辛そうだ。
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