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「私も、近頃は変な夢を見るの」
この間はアヤメちゃんまでもが悪夢を見ていると言っていた。
「どんな夢?」
「昔の、家が火事で全焼したときの夢よ」
頭をおさえる姿が可哀想で、私はその夜にシロへきつく問いただした。
「職務怠慢? いや、僕らもかなり人員を割いてやってるよ。でも原因が解決しない限りはどうしようもないんだ」
シロは原因が分からないらしく、じっと目を逸らしていた。
これからどうなっていくのか、不安になりながら日々は過ぎていく。
◆
シロと出会ってから一週間が過ぎた頃。
こっそりと家を出て、私は河川敷を訪れていた。
「シロ?」
いつもみたく私は小さな彼の背中を探すが、どうやらまだ来ていないらしい。昨日は学校だけじゃなく、市内全域まで悪夢が伝染していると聞いている。今晩は忙しいのかもしれない。
「もっと広まったらどうなるんだろう」
遠くの景色に向かって、ひとりで呟く。点々と光る住宅街、鉄塔、飛行機。同じような景色がこの先ずっと続いていて、たくさんの人が明日を待って眠っている。悪夢を見る人が増えたら、いったいなにが起こるんだろう。
今もどこかで収集業務に励んでいるシロを思い描くと、私は言わずにはいられない。
「頑張れ、シロ」
ポケットの中でラムネ菓子を握ると、草むらに腰かけて彼がくるのを待った。
――月明りのとばりが邪魔をする、長い夜に耐えているとそれは現れた。
相手はシロじゃなかった。眼下の原っぱで、影がのろりと石の階段をくだって岸辺を歩いている。おぼつかない足取りだった。お酒に酔っているのか、意識がもうろうとしているらしく見ていて危なげで。しかも、その姿には見覚えがあった。
「アヤメちゃん?」
私は立ち上がると草むらの坂を滑らないようにおりる。まさか、そんなはずない。たしかにアヤメちゃんとは家が近いけど、父親は門限に厳しくて、私と遊んで少し遅れた日には深夜まで説教されたくらいは過保護だ。だから、真夜中に歩いていること自体が普通じゃない。
でも、近づいてみるとやっぱりアヤメちゃんだった。
「どうしたの、アヤメちゃん。駄目だよこんなところ歩いちゃ」
静かな川の際を行くアヤメちゃんに私は手を振って呼びかける。パジャマ姿に裸足という出で立ちに、ただならない気配を感じた。まるで、寝ながら起きてるみたい。
「……さん」
アヤメちゃんの肩を掴んで引き留めると、なにかをぶつぶつと言っている。
「え?」
最初は私が呼ばれたんだと思っていたけど、違った。
「ごめんなさい、お母さん」
その言葉を認識したとき、とっさに私はアヤメちゃんの悪夢の内容を思い出した。火事で全焼。もしかしてアヤメちゃんのお母さんは。
水しぶきの音で、私は我に返る。
「っ! アヤメちゃん」
アヤメちゃんは私の手をほどいて、黒い川に飛び込んでいた。
なりふりかまわず、私も川にダイブする。アヤメちゃんはどこだろう。探そうとしても、体が思うように動かせなかった。
ものすごい力で、私は水の中を転がされていた。あんなに静かで、優しげだった夜の河川敷に裏切られたような気持ちがする。
助けて、シロ。肺も脳も水で満たされそうな意識で、私は少年にお願いした。
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