河川敷トロイメライ

6/7
前へ
/7ページ
次へ
◆  気がつくと、私とアヤメちゃんは原っぱで寝ていた。  隣でびしょ濡れになったアヤメちゃんを見て、私は慌てて起き上がる。自分の服もぐっしょりと重たくなっていた。 「大丈夫だよ。その子も、君も生きてる」  その声で、私はほっと胸を撫でおろしながらアヤメちゃんの反対側を向いた。 「シロ、ありがとう」 「君が願ってくれなかったら、死んでたかもしれない」  シロはとがめるような眼差しをしていた。間違ってたとは思えない。この子を助けるためなら、私はなんだってやるつもりだったんだから。 「どうして、こんなことに?」 「その子はずっと悪夢を見せられていたんだ」  まるで見てきたようにシロは話す。 「ここに引っ越す前、その子は家の火事で母親を失くしていた。当時は家のすぐ前に小さな川があってね。母親は火から逃げようと、幼かったその子を抱えて二階から飛んで、川に落ちた。気が動転してたのかもしれない。川は数センチの深さしかなくて、母親は頭を打って亡くなった」  そういえば、親が厳しいと不満を話すときはもっぱら父親をさしていた。まさか、母親がいなかったなんて。 「その子は母親に抱えられて、無傷だった。だからだろうね、自分のせいで母親が死んだと思ったその子は、悪夢の中で母親を助け出そうとした」  だからこの川に身を投げたというのか。私は頬が強張っていくのを感じた。怒りとか、悲しみとか。まぜこぜの感情で、横たわるアヤメちゃんの頬をなでる。 「駄目だよ。お母さんはあなたの命を救ったのに、お母さんを追いかけちゃ、そんなの駄目だよ」  眠りこけるアヤメちゃんを見て、私はやっぱり悲しくなった。 「ごめんな」 「どうしてシロが謝るの?」  私はシロへ振り返る。 「僕はこの事態をなんとかしようとした。だけど、行きつくところまで来てしまった」 「……意味が分からない」  困惑する私と、シロの目が合う。その闇は、ひどく弱々しかった。 「君のせいなんだ」 「え?」 「この街の悪夢は、全て君のせいなんだ」  突然の宣告に、私はあっけに取られる。「私のせい?」目を見開く私に、シロはうつむきながら続ける。 「後輩は君の変異を見落としていた。君のマイナスな感情が周りに広がって、他の人に悪夢を見せるようになったんだ」 「変異? 悪夢を見せる? どういうことなの、ねぇ」  心臓の音にせかされてシロにつめ寄る。 「君は自分の悪夢そのものなんだよ、ミオ。過去のトラウマを引き出された人は、無意識にもトラウマに抗おうとする。夢遊病ってやつさ。このまま放っておけば、そのうち街は徘徊する人たちばかりになるだろう」  説明をされても、ああそれでとすぐに納得できなかった。私にはちゃんと私の記憶がある、感情がある、意識がある。なのに、これが私のものじゃない? 「これ以上、みんなが悪夢を見ないようにするには、君が消えるしかない」  淡々と告げるシロは、自分でも現実を受け止めたくないようだった。 「君に会う前から、後輩にこのことは聞いていた。君を消せば仕事はすぐ終わる。でも、君がすごく苦しそうだったから。話を聞いて、負の感情を吐き出させようとしたんだ。だけど……」  シロの言い分に嘘はなさそうだった。だって泣きそうな顔が、すっかり子どもになってしまっているから。  そっか。私はアヤメちゃんにちらりと目をやった。 「アヤメちゃんを好きな気持ちも、嘘なの?」  シロは首を振る。 「嘘じゃない。君が消えても、君はアヤメちゃんを好きなままだ。もし今日と同じ状況がまた起きたら、君は絶対に同じことをするだろう。僕は嫌だけど」  しっぽの言葉に、私は苦笑した。 「なら、いいよ」  シロは鼻をすすってから尋ねる。 「いいのか?」 「アヤメちゃんのためだもん。それに、シロには充分、話を聞いてもらったよ。  本当に、ありがとう、シロ」 「本当に、ごめん」  シロはゆっくりとこちらに近づいて、私を座らせた。そして膝に乗ると、私の額に手を当てる。 「責任を持って、僕が君を食べるよ。残さずにね」 「辛い思いをさせるね」 「こんなの、慣れてる」  震える手が物語っているのがおかしくて、笑った。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加