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◆
気がつくと、私とアヤメちゃんは原っぱで寝ていた。
隣でびしょ濡れになったアヤメちゃんを見て、私は慌てて起き上がる。自分の服もぐっしょりと重たくなっていた。
「大丈夫だよ。その子も、君も生きてる」
その声で、私はほっと胸を撫でおろしながらアヤメちゃんの反対側を向いた。
「シロ、ありがとう」
「君が願ってくれなかったら、死んでたかもしれない」
シロはとがめるような眼差しをしていた。間違ってたとは思えない。この子を助けるためなら、私はなんだってやるつもりだったんだから。
「どうして、こんなことに?」
「その子はずっと悪夢を見せられていたんだ」
まるで見てきたようにシロは話す。
「ここに引っ越す前、その子は家の火事で母親を失くしていた。当時は家のすぐ前に小さな川があってね。母親は火から逃げようと、幼かったその子を抱えて二階から飛んで、川に落ちた。気が動転してたのかもしれない。川は数センチの深さしかなくて、母親は頭を打って亡くなった」
そういえば、親が厳しいと不満を話すときはもっぱら父親をさしていた。まさか、母親がいなかったなんて。
「その子は母親に抱えられて、無傷だった。だからだろうね、自分のせいで母親が死んだと思ったその子は、悪夢の中で母親を助け出そうとした」
だからこの川に身を投げたというのか。私は頬が強張っていくのを感じた。怒りとか、悲しみとか。まぜこぜの感情で、横たわるアヤメちゃんの頬をなでる。
「駄目だよ。お母さんはあなたの命を救ったのに、お母さんを追いかけちゃ、そんなの駄目だよ」
眠りこけるアヤメちゃんを見て、私はやっぱり悲しくなった。
「ごめんな」
「どうしてシロが謝るの?」
私はシロへ振り返る。
「僕はこの事態をなんとかしようとした。だけど、行きつくところまで来てしまった」
「……意味が分からない」
困惑する私と、シロの目が合う。その闇は、ひどく弱々しかった。
「君のせいなんだ」
「え?」
「この街の悪夢は、全て君のせいなんだ」
突然の宣告に、私はあっけに取られる。「私のせい?」目を見開く私に、シロはうつむきながら続ける。
「後輩は君の変異を見落としていた。君のマイナスな感情が周りに広がって、他の人に悪夢を見せるようになったんだ」
「変異? 悪夢を見せる? どういうことなの、ねぇ」
心臓の音にせかされてシロにつめ寄る。
「君は自分の悪夢そのものなんだよ、ミオ。過去のトラウマを引き出された人は、無意識にもトラウマに抗おうとする。夢遊病ってやつさ。このまま放っておけば、そのうち街は徘徊する人たちばかりになるだろう」
説明をされても、ああそれでとすぐに納得できなかった。私にはちゃんと私の記憶がある、感情がある、意識がある。なのに、これが私のものじゃない?
「これ以上、みんなが悪夢を見ないようにするには、君が消えるしかない」
淡々と告げるシロは、自分でも現実を受け止めたくないようだった。
「君に会う前から、後輩にこのことは聞いていた。君を消せば仕事はすぐ終わる。でも、君がすごく苦しそうだったから。話を聞いて、負の感情を吐き出させようとしたんだ。だけど……」
シロの言い分に嘘はなさそうだった。だって泣きそうな顔が、すっかり子どもになってしまっているから。
そっか。私はアヤメちゃんにちらりと目をやった。
「アヤメちゃんを好きな気持ちも、嘘なの?」
シロは首を振る。
「嘘じゃない。君が消えても、君はアヤメちゃんを好きなままだ。もし今日と同じ状況がまた起きたら、君は絶対に同じことをするだろう。僕は嫌だけど」
しっぽの言葉に、私は苦笑した。
「なら、いいよ」
シロは鼻をすすってから尋ねる。
「いいのか?」
「アヤメちゃんのためだもん。それに、シロには充分、話を聞いてもらったよ。
本当に、ありがとう、シロ」
「本当に、ごめん」
シロはゆっくりとこちらに近づいて、私を座らせた。そして膝に乗ると、私の額に手を当てる。
「責任を持って、僕が君を食べるよ。残さずにね」
「辛い思いをさせるね」
「こんなの、慣れてる」
震える手が物語っているのがおかしくて、笑った。
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