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第1話「悪夢の始まり」
人の生き血を栄養源にするヴァンパイアとそれを阻止すべく人類は太古の昔から戦いを繰り返していた。
捕食される側とする側。初めは生物の頂点はヴァンパイアにあった。ヴァンパイアの生命力、体力は人間よりも優れており優れた武器なしでは人類に到底勝ち目はなかった。
しかし、人類の文明の発達とともに鉄砲や爆弾など遠距離からヴァンパイアの弱点である心臓や脳を狙える武器が開発され人類は長きにわたる戦いに勝利し、一時生物の頂点を獲得した。
この戦いに人類が勝利し、ヴァンパイアの勢力は衰えたかのように思えたが、ヴァンパイアは再び現れ現在のこの時代でも人間の世界に入り込み生き血をすすっていた。
◇
「例の対象は今どうしてるの?」
「お申し付けの通り監視を続けております。ご安心ください」
「わかった。そろそろ頃合いだろうね。取り逃がしちゃダメだよ」
「承知いたしました」
◇
伊純楓はいつものように朝7時に起床する。まず顔を洗って、テレビを付けて朝のニュース番組を見ながら制服に着替る。ニュースではヴァンパイアによる殺人事件が報道されている。楓はニュースを見てワイシャツのボタンを締める手を一旦止めるが、時間を見て急いで制服に着替える。
そして、学生寮1階の食堂で朝食を済ませ朝の支度を終える。
色白の肌に白い髪色。幼少期から肌が色白であることは特に珍しくは無いが、生まれてからずっと髪色はが白いのは珍しいだろう。そのため、小さい頃は色んな病院をまわり調べてもらったところ原因はわからず最終的には「遺伝子の損傷」という言葉で片付けられた。楓は今までこの髪色のせいで学校内では目立つこともあり、元々おとなしい性格や女性のような名前もあって嫌がらせを受けることもあった。
楓はこの高校の学生寮生活も、はや3年目になる。楓は生まれてすぐに東京都喜崎町の施設に預けられ中学までは施設から学校に通った。高校は同じ喜崎町内にある高校で施設を出るため学生寮があり髪色が自由な校風の高校を選んで受験した。そのため、楓は両親の顔を知らない。記憶が無いの訳でもなく一度も見たことがないのだ。
辛い学生生活を送っているように見えるかもしれないが楓は今の生活を楽しんでいた。もちろんその理由はちゃんとある。
楓は学校に行くときはいつもの時間の電車に乗り、朝のHRが始まる10分前に学校に到着し自席に着席している。
「かーえで!おっはよ」
「竜太、おはよう」
楓より遅く教室に入ってきて、僕の前の座席に座った人物は新地竜太。短髪でツーブロックの刈り上げは今風の爽やか系男子を思わせる風貌で竜太の性格もその風貌のイメージと合致しており外交的な性格で友達も多くクラスのムードメーカ的存在である。そして、内向的な性格の楓を持ち前の明るさでいつも笑顔にしてくれる。竜太は楓にとって2人しかいない友達の1人であり、学校ではいつも行動を共にしている。
「ハァー。ギリギリセーフ」
すると、チャイムと同時にポニーテールを走る馬の尻尾のごとく揺らして教室に駆け込んできた女子は片桐ユキ。朝のHRにはいつも時間ギリギリで息を切らしながら慌ただしく教室に入って来る。楓の高校で2人いる友だちのもう1人が彼女だ。ユキも竜太のように明るい性格で楓は竜太とユキのやりとりを眺めているのが楽しみの一つでもあった。
そして、竜太とユキは楓の小学生からの幼馴染で小、中、高と同じ学校に通っている。
「ユキ、たまには早く来いよ」
「朝弱いからこれが限界なの」
教室に入ってきたときは肩で息をしていたユキは楓の隣の席に着席する頃には呼吸の乱れが整っていた。運動が余り得意ではない楓と違い、竜太もユキも体力がある。
「なあユキ、テスト終わったしさ今日、3人で打ち上げやろうぜ」
「いいじゃん行く行く!」
「ということで楓いいだろ!」
竜太は楓に「お願い!」と手を合わせてお願いする。
「うん、いいよ。昨日お菓子たくさん買っておいたんだ」
「楓ナーイス!」と竜太はユキとハイタッチをして喜びを顕にする。
高校生にして一人暮らしをしている楓は彼らと話す時間が唯一の楽しみだ。そして、楓が住む学生寮では管理人がゆるいので友達を誘っても何も注意を受けないから3人のたまり場になっている。
いつものように担任の教師が時間通りに教室に入ってきて朝のHRを開始し、連絡事項を手短に伝えて、またすぐにチャイムが教室に鳴り響き1限目の授業が始まる。
放課後になり3人は竜太が言ったように途中コンビニで買い出しをした後、楓の学生寮へ入った。学生寮の1部屋の間取りは1Kで高校が一人暮らしするには丁度いい広さの部屋で風呂なしだけど食堂のある1階に大浴場があるので、風呂の時間を1人でゆっくり過ごせないデメリットはあるものの生活するには十分な設備だろう。その部屋の真ん中に四足のテーブルを置き買ってきたジュースやお菓子を広げて駄弁っているのが3人の最近の楽しみだ。
竜太が徐にテレビのリモコンを手に取り、電源をつけるボタンを押して「パシ」という音とともにテレビの電源が付き、竜太はポテトチップスを片手にリモコンのボタンを面白そうな番組がやっていると期待するテレビ局から順番にザッピングする。
しかし、平日の夕方に高校生向けの面白い番組はやっておらず、どのチャンネルも今朝ニュース速報で見たヴァンパイアによる殺人事件が取り上げられており、専門家と名乗る人物がヴァンパイアについて本当か嘘かわからないような事を自信あり気に語っていたり、人類とヴァンパイアの歴史について特番を組んでいるチャンネルだったりとその話題でもちきりだった。
その中の一つのチャンネルにアナウンサーがフリップでヴァンパイアの事を説明しているチャンネルがあり、竜太がそのチャンネルに止めた。
「ヴァンパイアの外見の特徴は2つあります。1つは赤い瞳です。そして、2つ目は発達した八重歯です。また、ヴァンパイアは太陽の光に弱く太陽光を浴びると体の組織が破壊され灰のように崩れ落ちるため日中は出会うことはありません。今回殺害は夜中に民家を襲ったもので・・・」
竜太はその番組を遠い目をして呆然と眺めている様子だった。
「竜太、テレビ消そ」と楓が竜太に言ったが「いいよ別に」と否定した。
「あーあ、ヴァンパイア全部倒してくんないかな。夜遊びてーよ」
竜太は手を頭の後ろで組んで天井を見つめながら楓のベッドにもたれかかる。
1年前、新地竜太の中学生の弟の新地翔太はヴァンパイアに襲われて亡くなった。翔太の部屋が深夜まで明かりがついていたことで標的にされてしまい、翔太の2階の部屋の窓を戸締まりしておらずそこからヴァンパイアが侵入したという。犯行は翔太が声を出すすきもなく静かに行われ、後で異変に気づいた竜太が駆けつけたときには弟は変わり果てた姿になっていた。
竜太はこのことについてまだ心の傷は癒えていないだろうが、3人でいるときは弟の事を会話に出すことがある。
ユキが一度、竜太の事を見てから笑顔を作った。
「そうだね。ヴァンパイアなんかいない世界になったら良いね」
「ユキだったらヴァンパイアなんか素手で倒せんじゃね?」と竜太がケタケタと笑う。
竜太はその出来事から月日が経ったからかヴァンパイアの話題でも本来の表情で笑う時がある。
ユキは「できるわけないでしょ」と竜太の肩を小突いてイテテと腕を振って大げさに竜太が反応して、それを見ていた楓は静かに笑っていた。
「でもさ、この殺された人はさヴァンパイアなんかに出会わなかったらまだ楽しいことも嬉しいこともたくさん経験できたはずなんだよな」
竜太は真剣な眼差しでテレビの画面を見つめて、手に持っていたマグカップをテーブルの上に置いた。
「俺さ弟の葬儀に行った時、火葬場で弟の遺骨見たんだけど。生前の翔太はあんなに元気だったのに亡くなると残ってるのは小さい骨だけで、もう面影もないよ。もう、翔太と話すことも出来ないし、一緒に遊ぶこともできなくなるんだぜ。人は死ぬときはあっという間なんだよな…」
竜太は一度、深呼吸してから話を続けた。
「俺は弟の命を奪ったヴァンパイアどもが許せねぇよ」
しかし、竜太の本音はまだ全て吹っ切れたわけではないのだろう。
竜太はテレビを射抜くように見つめて言った後、3人の間でしばらくの沈黙が流れたが、竜太が我に返ったようにいつもの表情に戻った。
「わりぃ、なんか空気重くしちまったな」
ユキが竜太の方を向いてから首を横に振った。
「ううん、竜太も辛かったんだし私達で良ければ何でも悩み相談してよ。私達幼馴染なんだからさ。ね、楓!」
ユキに発言を促された楓は竜太に笑顔で「うん」と頷いた。
時間も夜遅くなり帰宅することになった同じ喜崎町に住む2人を楓は2人の家の分かれ道になる場所まで送った。
「楓、今日は楽しかった」
「また、遊び行くからね」
「うん、いつでも来ていいよ。それより、今物騒だから二人共気をつけて帰ってね」
「楓もな」と竜太が言い残し、薄暗くなってきた夕闇に2人の姿は消えていく。
楓はその場から徒歩20分程掛けて学生寮の自室に戻り、学校の宿題に取り組んだり、大浴場で風呂に入ったり、お菓子を食べ過ぎたお腹を擦りながらも食堂でいつもより遅い夕食を取り、夜の12時に床に付いた。
「うーん。熱い…」
楓は床についてから1時間ほど経ってから体中の熱さにうなされていた。今の時期は夏も近づいているせいか、気温の高い夜が続いているため、最近はクーラーを使う日も多い。そのため、楓は最近クーラーを使った記憶からリモコンがベッドの近くに落ちていると推測して、部屋の暗闇の中ベッドの周りを手探りで捜索し、クーラーのリモコンに手を伸ばしてスイッチを入れた。
スイッチを入れるとぶーんというモーター音が聞こえてから少しして、部屋の中に冷風が流れ込みクーラーを付けて一安心した楓は再び眠り直した。が…
「熱い…」
部屋の温度は十分に下がったはずだがまた体中の熱さにうなされ、額には玉のような汗が滲んでいる。
「熱い…あぁ!」
体の熱は次第に炎に焼かれるような熱さに悪夢から目覚めたように目を覚まし、ベッドから起き上がり部屋の明かりを付けて周りを確認するが当然燃えているものはなにもない。
「ハァ…ハァ…ハァ」
楓はベットに座り込み肩で息をしながら疲弊しきった表情で頭を抱えていた。
深夜の自室にはクーラーのモーター音が虚しく聞こえ大粒の汗をかいている楓の顔を冷風が撫でる。
すると、何か口の中で違和感を感じたのか、楓は歯の奥に挟まっているものを取るように舌でもぞもぞと歯を一本一本確かめた。楓は口の中を舌で確かめたがそれでも気になったようで、口を「い」と発音するように開いたまま、部屋にある姿見で自分の姿を確認した。
「…は?」
口元の違和感の正体は八重歯が伸びたものだった。通常の長さから1センチほど伸びており口を閉じていれば目立たないが、口を開くとまるで牙のように見える。
そして、楓の変化は歯だけではなかった。双眸はまるで緋色のビー玉を埋め込んだように月光に照らされる瞳は鮮やかな緋色を反射していた。
その姿はニュース番組で見たヴァンパイアの特徴そのものである。
まるで異形の者。赤い瞳に2本の牙。人間の姿からは明らかに離れている。
楓の額からは脂汗が滲んでおり、悲痛な現実を見つめる赤い瞳からは大粒の涙が流れ落ちていた。
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