紅の鎖

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.....ああ、今、肉体から魂が消失した と 和月は感じた。  停止した鼓動と物言いたげな硬直した死顔がそれを伝えている。いいんだ。どうせ兄さんの口からは俺が欲しい言葉は出てはこない。  あの雨音はまだ聞こえるのだろうか。   和月は重ねた唇と陽一の首に回した両手を離した。そのまま流れるように掌で耳を塞ぐと外部からの音を完全に遮断し目蓋を閉じる。 フッ  和月は寂しげに鼻で笑うとダランと両手を垂らせた。渇ききった瞳は虚空を写し諦めたように光を失う。 「馬鹿野郎」  ペティナイフを胸元から取り出した和月は鋭い刃先をそっと己の首筋にあてる。唇から愛する人の名を一度だけ絞りだすとそのまま力を込めて頸動脈を切り裂いた。  和月の首筋から大量の血飛沫が噴き出した。ゆるやかに顎を上げた和月と陽一の頭上から降る赤い欠片は魂を縛る紅の鎖。 「俺を愛してくれ」 陽一に跨ったままの和月が両手を天に伸ばし仰いだ瞬間、血を噴く首が背中に向けてポキリと折れた。
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