7人が本棚に入れています
本棚に追加
ミッション 1
「いい景色だな」
隣を歩く夫が呟く。額から流れ出る汗すら憎い。「今日、久しぶりに出かけない?」という誘いにまんまと乗ってきた。
夫と恋人同士の時によく登った山。木陰から差す光が深緑を輝かせて、眩しいほど煌めいていた二人を思い出す。
頂上に着くと、そこには小さな花畑と壮大なパノラマが待っていた。見渡す限りの絶景に声が出なくなる夫。そのまま本当に息が止まったら、すぐに計画終了となるのにな。
さぁ、一回目の暗殺計画実行の時が来た。私は「ちょっと、トイレに行ってくる」と告げ、木陰へ隠れて夫の様子を見る。そして、リュックから小さく折り畳まれたボーガンを出し、ワンタッチで組み立てた。そこに小さな矢を通す。猛毒を塗りたくった矢の先。殺傷能力は充分だ。片目を瞑り、ターゲットに向けて構える。矢は一本しかないから、失敗は許されない。頑張れ!自分!いつもはソファーから動きもしないのに、今日に限ってちょこまかしてやがる。一瞬の静止時にだけチャンスはある。
……
今だ!
夫に目掛けて矢を放った。
ビュン!
「ん?ウンチ踏んだみたい」
しゃがみ込んだ夫の頭上を、綺麗な弧を描いた毒矢が飛び越していく。
はぁ?ウンチ?
深い溜め息を吐きながら、私はその場に倒れ込んだ。
実行失敗。次のミッションへ移れ!
と脳みそが命令をし、私はむくっと立ち上がる。
そして、何もなかったかの様に夫の元へ戻って笑う。夫の靴底からは、得体の知れない激臭が漂って鼻が歪んだ。
夫が突然の発言。
「富士山を見に行こう!」
これも想定内だ。
富士山にて、二回目の暗殺計画を実行す。
最初のコメントを投稿しよう!