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「もし、和尚様、ご無事ですか」
若い娘の声だった。目をあげると、肌の白い十七,八の娘が無涯の顔をのぞき込んでいた。
どうやら、死に損ねたようだな。
苦笑いを浮かべてそう言おうとしたが、息も絶え絶えな声が出ただけだった。
「今、食べるものをお持ちします。どうかお気をたしかに」
気がつくと夜が明けていた。そこは岩礁に囲まれた泊地で、浜にはいくつもの漁船が引き上げられ、そのむこうには貧しそうな民家がいくつも並んでいた。潮のためか、浦には板子や舵の破片や積荷のかけら、水夫のなきがらや誰のものともわからないちぎれた手足が流れ着いていて、アットゥシ(アイヌの民族衣装。木の皮よりつくる)を着た漁師たちが、胸まで水につかってそれらを拾いあつめていた。
「生きていたのは私だけか」
汁椀と箸を手に戻ってきた娘に、尋ねるともなくそう言うと、娘も答えず、ただ静かに頷いた。
昆布と、なんだかわからない芋のようなものが入った汁だった。においを嗅いでいると、空腹感に胃をしめつけられた。体に染込むのを待つように、何度も噛んでゆっくりと食べた。食べ終ると、どうにか動けそうな気がしてきた。浜ではござが広げられてその上になきがらが並べられている。
「娘さん、名前は」
「おときと申します」
「おときさんか。世話になったな、ありがとう」
同じ船に乗った者たちだ。自分が弔ってやらねばなるまい。
無涯はそう思い、浜のほうへと歩いていった。枕頭に座し、腹の底からの声で観音経を読んだ。読み終えると今度こそ力尽き、その場に倒れ、気を失った。
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