100年越しの月下美人

御子柴家惨殺事件 壱

二○○X年　四月四日。

お母さんの言葉を聞いて、自分の耳を疑った。

「今…、何て言ったの？」

あたしはお母さんの服を掴んだ。

ガシッ！！

「楓を追い出したって…、本当なの！？」

「陽毬様の御命令なの。」

「な、何で…。」

顔がどんどん青ざめて行くのが分かる。

もしかして、あたしの所為？

あたしと関わったりしたから、楓は追い出されたの？

「陰陽師として、能力が陽毬様に認められなかったのよ。」

「ど、何処に行ったの！？」

そう尋ねても、お母さんは答えてくれなかった。

「そんな…、どうして…？」

あたしは膝から崩れ落ちた。

ガクッ。

「これ、楓からの手紙。」

そう言って、あたしに手紙を渡して部屋に鍵を掛けた。

ガチャンッ！！

乱暴に閉められた扉を、ジッと見つめた。

ストンッ。

お母さんは相変わらず冷たい態度をとって来て、あたしを
見向きもしない。

心が痛い。

痛くて痛くて、たまらない。

床にへたり込み、あたしは手紙を読んだ。

ガサッ。

[ 姉ちゃんへ
お婆様から御子柴家を出るように言われちゃった。
東京に居る叔父さんの所に行く事にした。
姉ちゃんとお別れするのはすごく嫌だけど…
オレ強くなって姉ちゃんの事迎えに行くから！！
絶対迎えに行くから待っててね。　　　楓　　　　　]

「楓…。」

手紙を握り締めながら涙を流した。

あたしの所為だ。

あたしなんかと関わったりしたから…。

どうしたら、良いの？

どうしたら、楓は帰って来られる？

居場所も分からない、どうなったかも分からない。

楓…。

楓…、ごめんね。

あたしなんかが、お姉ちゃんでごめんね。

守ってあげれなくて、ごめんね。

あたしは、なんて無力なの？

楓に優しい言葉を、掛けられて良い人間じゃないよ。

そんな資格はないんだよ。

「「聖様…。」」

シロとクロが、側を離れないで居てくれた。

「ありがとう…シロ、クロ。」

あたしは二匹の頭を撫でた。　

落ち込んでいる姿を見て、心配させちゃったかな…。

いつの間にか、泣き疲れて眠ってしまっていた。

外が暗い…、かなり寝ちゃったな。

ドタドダドタドタ！！！

廊下から慌ただしい足音が聞こえて来た。

コンコンッ！！

コンコンッコンコンッ！！

「聖様！！！」

使用人がドアを勢いよく、ノックしていた。

「「ガルルルルッ。」

シロとクロが威嚇している…。

嫌な予感がする。

あたしは札と妖怪退治専用の銃を持ち、扉に近付いた。

何かが起きているのは、間違いない。

屋敷の中で、トラブルが起きる事は滅多にない。

「何かあったの？」

「八岐大蛇の封印が解かれました！！」

「！？」

封印が解けた…？

「今すぐ、お逃げ下さい！！」

ガチャガチャガチャ！！！

使用人が慌てた様子で、鍵を開けた。

部屋の外を見ると、廊下が沢山の血で濡れていた。

「聖様、こちらに！！」

「お嬢、私の背中に。」

クロがあたしの首元を噛み、背中に乗せてくれた。

ポスッ。

「ありがとうクロ。」

あたしはシロとクロと共に、使用人に付いて行った。

「く、来るなぁぁぁ！！！」

「ギャァァァァ！！！」

「！？」

目の前を横切ったのは、使用人の頭が飛び血が噴き出している光景だった。

殆どの使用にが殺されている。

それと、体が震え上がる程の強い妖気を感じる。

そして、八頭の頭を持った巨大な蛇。

禍々しい程の妖気、鋭い目付きを周りに侍らしている。

一目で分かった。

あれが八岐大蛇の大蛇だと…。　

伝承に載っていた絵巻の絵と、全く一緒だ。

「お嬢！！！」

「蓮！！」

日本刀を持った血塗れの蓮が、こちらに向かって来た。

すかさず、蓮があたしの前に跪いた。

「すいません！！遅くなりましたお嬢！！」

「沢山血が付いてるけど…、平気なの？」

「これは返り血だから平気です。八岐大蛇の下っ端の妖怪が、屋敷の制圧を図ろうとしています。」

蓮の言葉を聞いて、ホッとする。

「やっぱり、封印が解かれたんだね…。お母さんとお父さんは？」

「僕が本城家に避難させました。」

良かった、お母さんはここに居ないんだ。

「陽毬様と大西様(たいせい)が、八岐大蛇と対戦をしています。」

そう言って、使用人が跪いた。

大西とは、あたしのお父さんである。

「分かった。あたしもお婆様とお父さんの所に行くわ。」

「お嬢！！それは駄目です。僕と一緒に本城家に行きましょう。」

蓮は切なげな表情を浮かべ、あたしに訴える。

この中で、あたしの事を心配してくれるのは…。

きっと、この先も蓮だけ。

あたしは蓮の申し出を断った。

蓮はどこまでも優しくて、あたし自身を気遣ってくれる。

そんな優しい所が大好き。

だからこそ、貴方の事も守りたい。

貴方を死なせたくない。

「蓮…、お婆様とお父さんが…。もし殺されてしまったら、八岐大蛇はどうするの？」

「そ、それは…。」

蓮も分かってる筈だ。

ここに楓が居なくて良かった…。

お婆様が殺されたら、八岐大蛇が暴走し、京都全体を支配する可能性が高い。

あたしは、お婆様とお父さんを援護しないと…。

「お嬢。」

蓮があたしを真っ直ぐ見つめた。

八岐大蛇の暴走を止める事が、御子柴聖の仕事であり、役目だ。

今まで、何の為に戦って来たのか。

それは、八岐大蛇が暴走した時に止められるようにだ。

「僕はお嬢の手と足だ。お嬢が行くのなら僕も付いて行きますよ。何処までもお供します。」

「蓮…、ありがとう。一緒に来てくれる？」

「御意。」

そう言って、蓮が頭を下げた。

あたしは使用人の方を振り返った。

「手の空いている結界師を、本城家に配置して。あたしと蓮は、お婆様の所に行く。」

「かしこまりました。」

使用人が血塗れの廊下を走って行った。

タタタタタタタッ！！！

「蓮、行くよ。」

あたしと蓮はお婆様の所に向かった。