プリンとマグメル

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一体どれほど進んだのか、立ち上がっても自分の体すら見えないのになぜか立ち上がる。あたりを見回そうとしているのか首を振るが、当然暗闇の中では無意味だ。どころか、ずっとそうしていると立っている実感すら危うくなって、ふらついて、思いきり尻もちをついた。痛みに腰をさすった。 人間の視界は光に依存している。光源があり、手や本といった物体が光を反射して目に入ってくる。一切のすべてが見えないということは、光がない空間ということである。 自分は何故ここにいるのだろう。いつ目覚めるのだろうか。今度また姉さんがプリンを持ってきてくれると言うし、あまり此処でうだうだもしていられない。 またずずず、と這いずって先を進む。 ─────── ─── ── シロは元気だろうか。先を進むうちに考えるだけの余裕が出てきた。 シロは捨て猫だった。だから詳細な年齢は分からないが、もうかれこれ十年連れだった仲である。彼は野良だったから家の中は退屈だったんだろう、どうやっても家を抜け出すので仕方がないから好きにさせていた。食事には困らないだろう。外でも勝手に食ってくるし何より面倒を見る人が……そう、家族がいるのだから。 問題はいつまでも覚めない夢の方だった。 自分は寝たきりにでもなっているのだろうか、事故にでもあったのだろうか。ああ、とにかく早く起きなければ家族に心配させてしまう。プリンも食べていない。 思い起こすこともできない自身のことに不安にならないというのも不思議な事だった。 体はずんずんと進んでいく。 会社員だった。定年で退職をして。出過ぎた腹を……そう、妻によく笑われたものだった。子どもには恵まれなかったが二人と一匹、慎ましくも幸せな暮らしだった。 帰らなければ。 しかしまだずずず、と体は這いずりを止めない。
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