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魂、というものを信じたことはない。
同様に「生まれ変わり」なんてものも、信じたことがない。
前世なんて存在しないし、来世があるとも思っていない。
まだ10代だったころ、そうしたどこか特別そうな響きに心を躍らせたことはあったものの、それらはあくまでフィクションだと認識してのことであり、現実と混ぜたことなど一度もない。
つまり、真田佳織にとって「前世」とはただの「おとぎ話」であり、そうした考え方が、長い間この世界では主流だったはずなのだ。
少なくとも、3年ほど前までは。
「佳織先生、さよーなら」
「佳織ちゃーん。また明日ー」
塾の教え子たちが、気さくな挨拶とともに階段を駆け下りていく。
よくある光景だ。塾講師となって間もないころは、彼らの慣れ慣れしい態度にギョッとしたものの、今となっては親愛ゆえのことなのだとすっかり受け入れるようになっていた。
「気を付けて」と返しながら、佳織はゆっくりと階段を下りた。
今日の講義はすべて終わっていたが、このあと小テストの採点作業が待っている。帰りは、いつもより一本遅い電車になりそうだ。
と、ひとりの少年が佳織の前に立ちはだかった。
「いた……見つけた!」
知らない顔だ。
なのに、彼から向けられる眼差しは、なぜか強くて妙に甘い。
「やっと会えた──サクラ!」
避ける間もなかった。
気がついたら、佳織は少年の腕のなかにいた。
日焼けした首筋から、かすかに制汗剤の香りがした。
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