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本編
弟は兄によく従うものだ。
これは明日真の持論である。一つ歳下の弟が聞けば不機嫌に顔を歪めむっすりと押し黙りそうなことを考えながら、明日真は二階への階段をのぼる。自室の隣、『まほろ』とプレートが下げられた部屋には風呂上がりの弟がいるはずだ。
「まーほろ、愛しのお兄ちゃんが遊びきてやったぞー」
「愛しくないし嬉しくない。勉強してるから邪魔するな」
「うるせえな、おらベッドの上の物どかせ。鞄落とすぞ」
「落とすな馬鹿!」
弟である眞秀の叫びは虚しく、無情にも通学バッグがカーペットの上へと落とされた。ドッと重めの音がフローリングに響く。少し開いていた鞄の口から教科書や参考書が吐き出されたが、明日真は全く気にしない。眞秀が盛大なため息を吐いて散らばった教材を拾い集める。
広くなったベッドへと上がり、明日真は我が物顔で手脚を存分に伸ばして広げた。猫の開きのようだ。胴体の丸いもふもふの獣がやれば可愛い仕草も、手脚の長い大の男がやれば可愛くはない。邪魔なだけだ。
開きになった兄は、青筋を立てた弟に向けて煽るための悠然とした笑みを浮かべる。
「今日、母さん帰り遅いんだよね」
「…………だからどうした」
ぴく、と眞秀の表情筋が動いた。しかしすぐに無表情に戻り、低い声を出す。だが、明日真にはわかる。これが気取られないよう、必死に不機嫌を取り繕っただけであることくらい。可愛い弟のことをわからないはずがない。
さり気なくごろごろとベッドの上を転がって、人が一人座れるスペースを作る。案の定、眞秀は空いたスペースに腰を下ろした。
夜更け、二人きりの家の中。この条件が重なれば、明日真と眞秀は人に言えないことをするからだ。
「ていうか知ってた? 年甲斐もなく男とデートして、今夜は帰らないかもだって。ウケる」
「本気で再婚を考えてるならいいんじゃないか。出掛けるって話も一昨日から知ってる。お前が聞いてなかっただけだろ」
「再婚ねえ……俺は嫌だな。あの野郎、俺を見る目がきめえんだよ」
「……またお前が誘ってその気にさせただけじゃないのか」
今度は本気で不機嫌な声色だ。明日真はそれが楽しくてにんまりと笑った。
眞秀が本当に嫌がって不機嫌な声を出すのは、こうして明日真が他の男にちょっかいを掛けられたか、掛けられそうと匂わせたときだけだ。本人を前にすればつんけんしているくせに、人に盗られることを本気で嫌がる。
「例えば……こんな風に?」
つ、と骨張っているが男にしては長く細い指先が眞秀の胸板に触れる。何をやらせても器用な上に苦しいことも嫌いな明日真には縁のない、力を込めれば硬い胸筋だ。触れてすぐはふにふにと柔らかかったのに、触れられて緊張したのかすっかり硬くなっている。
「俺がこんなふうに触ると、誘われてるって勘違いしちゃうわけ? なあ、どうなの?」
「……ッ、わかってるならやるな」
「えー? どうしよっかなぁ。俺は何にもしてないしぃ」
「今触ってるだろ」
「ただ触っただけだし。眞秀も触る?」
強引な手に導かれ、眞秀の手のひらが明日真の服の中へ侵入した。へその上、薄く割れた腹にある筋肉の線を指先が辿る。直に触れる皮膚は熱く、少しだけしっとりと感じた。
「こんなことまでやったのか」
「んっ……するわけ、ねえだろぉ、あ……っ」
大きな手のひらが皮膚の上を滑る。上へ、胸へと向かった太い指にぷっくりと尖った胸の先端を押し潰されると、勝手に声が漏れた。そのまま何度もぐにぐにと摘んでは伸ばして、捏ねるように押すのを繰り返される。
「あいつには、んんっ、ちょっと近寄って太ももに手置いただけ……あっん……な、まほろ撮影係なってくんねえ? いっそ一発ヤってネタにすりゃ……」
「いい加減にしろよ」
低く不機嫌が滲んでいるが、静かな声だった。明日真の耳に馴染むそれは眞秀がその気になったときの声だ。その声を聞くと、ぞくぞくと肌が粟立つ。
「おいおい、お兄ちゃんが他に盗られそうだからって怒るなよ」
「そんなんじゃねえ。そんなに男とヤりてえなら相手してやるって言ってんだよ」
「いて……ッ」
荒々しい手つきで手首をシーツに縫い付けられる。二人分の重みに負けたベッドがギシリと音を立てた。シーリングライトの光が逆光になり、明日真から眞秀の表情は見えない。だが、見えなくてもわかる。
「違うだろ? 俺がヤりたい盛りの弟の相手してやってんだっつの。そこ勘違いすんじゃねーよ」
わざと挑発する物言いをすれば、性急な口づけが降ってきた。口下手な弟のする「もう黙れ」の主張だ。煽られているとわかっていても止まれないのだろう。そういうところが可愛いと思うし、もっと煽ってやりたくなる。
肉厚な舌が口内へと侵入すると、明日真はそれを喜んで迎え入れた。いつの間にか離されていた手首を目前の首に回し密着して、さらに深くまで唇を合わせる。
ぐちゅ、ぢゅる、と音を立てながらお互いの口腔から唾液のやり取りをしていると、脳に酸素が行き渡らなくなって余計なことを考えなくなる。自分の上へとまたがる男の股座に膝を立てると、硬い感触が膝の皿に当たった。
「お兄ちゃんの本気のキスで勃っちゃった?」
「うるせえ、さっさとケツ出せよ」
「可愛くねえやつ。いいよ、準備してきてっから……♡」
身体を捻り背を向けると、スウェットを下着ごと下にずらす。白く丸い尻たぶが露わになった。我慢しきれない様子で腰を左右にくねらせると、どっぷりと重たくなった睾丸がたぷたぷと揺れる。
「お前が風呂入ってる間に準備してきてやったんだぞ、優しい兄ちゃんだろ?」
後ろは見なくてもわかる。弟の視線は度々女性器のように扱ってる穴に夢中のはずだ。それを想定してわざと縁の肉を左右に割り開いた。こぽ、と体内の浅いところに入れていたローションがこぼれる。
「あっは♡ ちょっと出た……♡」
腹の中で温まったローションがとろとろと太ももに伝う感覚は、漏らしている錯覚に陥る。だが、感じるのは羞恥心よりも興奮だった。
震える身体をいなすように浅い息を繰り返す。ひくつく後穴に指を立てると、フーッフーッと押し殺した吐息に紛れてぐちゅ、ぬぷ、と水音が部屋に響いた。
「ふ……ッ、はぁ……♡ まほろ? おいどうし、ッッッ……!??」
ここまでお膳立てをして、しかもいかにもむっつりの弟が好みそうなことをしてやったというのに未だ手を出してこない。不思議に思った明日真が振り返ろうとした瞬間、貫かれる衝撃が全身を襲った。
「お前はいつもそう……そうやって俺をからかって……!」
「あ゛、ぢょ、待っ……お゛ッ♡♡」
ず……ッッぷん!と勢いよく侵入してきた男性器に背中が弓形に反る。触れてもいないのに期待から勃ち上がっていた性器からぴゅるっ、と精子が飛んだ。
「……ッ♡♡ あは♡ 挿れただけでイっちゃった♡ まほろのちんぽでかすぎ♡♡ おとーとちんぽ♡しゅご、おほ゛♡♡」
「うるせえ、オナホが喋んな」
「〜〜〜ッ♡♡♡」
ずちゅ、ずちゅ、ずろろ……ずちゅんッ!
技巧も何もなく力任せに入っては抜いて、無遠慮に勢いよくまた侵入する。
明日真が筆下ろしをした弟の拙いセックスは、彼の被虐的欲求を満たしてくれる。とっくの昔に兄の身長を超えた高身長筋肉質の眞秀の、その体格に見合う大きく硬い男性器に明日真が陥落するのはすぐのことだった。
「んっぅふッ♡ はっ、はー♡……あっはァ♡♡」
口を塞がれながら抽出を繰り返されると苦しくて堪らない。その苦しさすら快楽を感じて身を捩る。動いている間に眞秀の手のひらがずれて、明日真の笑い声が漏れた。
勢いづいた腰が尻たぶに当たりパンパンと音を立てる。怒張がぐっと中で震えると、熱い迸りが腹の中で弾けた。
「ッ、う……っ」
「はは♡ 無許可中出しとか♡俺じゃなきゃ許されねえぞ♡♡ 早漏治す訓練してやろっか?」
うつ伏せの状態から仰向けになるよう体勢を変える。動いている間にぬかるみに埋まっていた性器が抜けた。とろりと出されたばかりの白い体液がローションと一緒に漏れる。
「うる……せえな、お前以外にこんな雑なのするわけないだろ……ッ」
「んあっ♡♡」
バチン!
荒い息遣いが響く部屋に乾いた音が混じる。腹筋に力が入った拍子にピンク色の肉穴からぴゅっと中に出された精液が飛んだ。
「あ゛、あぁー……ベッド汚れるだろ、乱暴にすんなよなぁ」
「関係ないだろ、俺の部屋なのに」
「シーツ洗うの俺だっつの。精液の落とし方知ってんのかよ」
「……」
むっすりと黙り込んだ唇をあやすようにキスをする。こうすれば黙り込んだ唇も簡単に開くから可愛いものだと思う。
ねっとりと唇を合わせて粘膜を嬲ると、密着した身体が熱を帯びるのがわかった。荒い呼吸に合わせて後頭部を掻き抱く。短い黒髪に指を引っ掛ければ、眞秀が身体ごと頭を寄せて覆い被さった。
「第二ラウンドいっちゃう? お前すぐイくけどほんと回復はえーのな」
二人の腹の間で屹立している性器に指を絡ませる。ぐちぐちと音を立てて扱くと小さく眞秀が息を詰めた。
「まだイくなよ、出すんならココに、な……♡」
明日真が片脚の膝を抱えて寝転ぶ。白濁の漏れている肉穴がひくひくと蠢いて雄を誘った。眞秀は開脚した脚の間に身体を滑り込ませ、体重をかけて押し潰すようにして抱き締める。眞秀より少し小さい身体は腕の中で苦しげに息を吐き出したが、抵抗はしない。むしろもっととねだるように脚が腰に絡みつく。腰を押し付けると、その先をねだるように喉仏にキスをされた。
「もいっそこのシーツ駄目になるまでやっちまおうぜ、金入ったら新しいの買ってやっからさ」
「……貢がせたんじゃなくてきちんとした金だろうな」
「ばか、ちゃんとオールクリーンなバイト代だっての」
まあ、鼻の下を伸ばしたおっさんとちょっとお喋りをして手コキくらいはしてやるバイトだが。果たしてそれはオールクリーンだろうか。明日真からすれば挿入なしなのでセーフなクリーンだが、潔癖な気のある弟にそこまで説明してやるつもりもない。
まだ胡乱げな目を向ける眞秀に「今日は奥まで突いていいぞ♡ 俺が結腸ハメられて潮吹きするところ、見たくねーの?」と誘えば、無言のまま腰を持ち上げられた。
「泣いても止めないからな」
「あー? 俺が泣いてやめてって言ったことあったかよ。泣きながらもっとって言ったのなら覚えてっけどな」
「それもそうだ、な!」
「んあ゛ッ♡」
二度目の挿入はもっとすんなりと入った。一度竿の半ばまで挿れたあと腰を引き、浅いところでぬぽぬぽとエラの張った鬼頭の出し入れを繰り返す。みちみちに怒張を咥え込むため広がった肉の縁を撫で上げられると、明日真の背中が粟立った。
焦らされて、ハメられているのに奥がきゅんきゅん疼いて仕方がない。
「はやくっおく来いよ……っ♡」
「うるせえ、俺の好きにやる」
「早漏って言ったの気にしてんのか? そんな浅いところじゃ気持ちよくなれねーだろ♡ ちゃあんと中まで入って慣れるまでじっとしてんだよ♡」
明日真は自分が動きやすいようにうつ伏せになると、腰を浮かせて自分から咥え込みに行く。見えない背後を恥部で探りながら押し付けた明日真の穴が、先端を食むように咥え込む。先端を少し飲み込むと、眞秀の腰が引いた。
「あっこら♡逃げんじゃねーよ♡」
「……ッ、奥まで入れたら動きたくなるだろ!」
「あ〜〜♡ ずッぷ♡ってきた♡♡ もっとぐぽっ♡ぐぽっ♡ってしろよ♡♡」
もう一度咥え込むと我慢できないようにきゅうきゅうに締め付けたお陰か、今度はちゃんと眞秀が腰を進める。ず、ず、と押し進めて陰毛の生え際まで尻に当たるとそのまま動かず固まってしまった。硬くて熱いのがドクドクと中で脈を打ってるのがわかるのに、動いてくれない。
「んぅ♡まほろぉ♡ そーろーって言ったの謝るから……ぁっ♡ はやくちんぽで、ん♡ おく、突いて♡♡」
「勝手に動くな……っ」
「んひッ♡」
円を描くようにぐりんぐりんと腰を振るのを咎めるために臀部を叩かれる。さっきよりも強い力で尻たぶがひりひりと痛んだ。明日真が瞳を潤ませて目元だけうっとりしているくせに、むっとした表情をする。兄を咎めるようにまだ着たままの上半身の服の中に手を入れると、胸の先端をきつく抓った。
「あ゛ッ♡♡ い゛だ♡痛てえッ♡♡」
赤くなってるかも、と考える余裕のあった思考が霧散する。痛いのに、痛みより強く感じる快楽が理性を溶かす。
こうやって何も考えられなくなる瞬間が大好きだから、気持ちいいことはやめられない。
明日真の表情がとろりと溶けたのを見計らって膠着していた腰が動いた。とちゅ、とちゅ、と奥ばかりをねっとりと執拗に突く。激しい動きではないくせに、前立腺ばかりをはっきりと狙って穿たれるとクーイングのような声が漏れた。
「あ、あーッ♡♡ そこばっか♡おお゛っ♡♡ んおお……ッ♡♡」
「お前、結構ドMだよな」
眞秀がくすくすと楽しげな笑いを漏らしたが、前後不覚に陥るのではと不安になるほどあーあー叫ぶ明日真の耳には届いていない。
前立腺を狙ってゴンゴンと叩き潰す。快楽に耐え切れないのか、鼻の下を伸ばして舌を突き出していた。瞳がくるくると白目を剥きそうになりながら必死に耐えている。大抵の人間からは整った顔立ちだと定評のある明日真でも、ここまで来ると完全に“負け”た顔だ。
「こわれ゛ちゃうぅ♡♡」
「まだ飛ぶんじゃねーよ。お前が動けって言ったんだから、な!」
「お゛ッ♡♡」
どちゅんッ!
明日真の身体が深くマットレスに沈むほど一際激しく腹の中を突けば、だらりと全身が脱力した。もう一突きすればすぐに戻ったが、一瞬失神したようだった。
「おい、こっち向け。キスしてやるから」
弟の高圧的な物言いにも従順に従う。だらしなく開きっぱなしの口からは唾液が溢れていた。口どころか、涙と鼻水で顔中の穴から体液が垂れ流しになっている。
「はは……ひでー顔。ブッサイクだな」
「まほりょ……まっへ♡ いちどとまっ……てぇ♡」
「はあ? 泣いても止めないって、俺言ったよな」
「らって♡おれずっとイってる♡♡」
明日真の身体はずっと甘イキし続けていた。メスイキで勃起していない性器は揺れる腰に合わせてぷらぷらと揺れているが、その先端からは何も出ていない。
眞秀もナカが激しく痙攣するたびにメスイキしてるのがわかったが、わざと辞めなかった。
「やめていいのか? そろそろ結腸開くんじゃないか?」
「そ、それはぁ……♡」
明日真は始末が大変だからと滅多にさせないが、本当は結腸を無遠慮に攻められて潮吹きするのが大好きだ。快楽に弱いこの身体が理性を飛ばすほどの深い快楽を拒否できるはずがなかった。既に何度か与えられたことのある絶頂の記憶が、拒否の言葉を抑え込む。
駄目押しで上から覆い被さった。自分より強い雄にのし掛かられ、体重をかけて潰される。お前は好き勝手蹂躙される側だと、食べられる側だと、捕食される雌だと言外に理解させられる。
「いいよな」
「……ん」
言葉少なに頷いた。もう、明日真は弟の腕の中から逃げられない。
ずちゅ、ずちゅ、ずちゅ、ずちゅッ!
「あ゛あ゛あ゛あ゛♡♡ お゛ッ♡あ゛ひッ♡♡ゔえっ♡♡」
「すげー声だな。もう少し黙らねえと近所まで響いてんじゃねえか?」
腕を手綱のようにぴんと引っ張られ、背後からパンパン激しく音が鳴るほど激しく突かれている。抑えようと思ったところで抑えきれない。そもそも、明日真の耳にはもう眞秀の声が入っていなかった。ドンッ、ドチュッと衝撃が走るたびに意識が飛ばないように必死だ。
ぐぽっ!と開いた先に先端を押し付けると、行き止まりと思っていた先を突かれた身体がぶるぶると震える。
「お゛お゛お゛お゛ッッ♡♡♡」
雄叫びを上げるような咆哮も意を介さず動き続けるとぶるんぶるん震える性器の先端からプシャッ!と音がした。サラサラとした体液が勢いよく放出される。がくがくと全身が震え、かろうじて突き出すように上がった尻以外全身がマットレスに沈んだ。
「まだ気失うなよ、もう、少し……っ」
眞秀に呼び止められ、かろうじて意識を手放さない。だが、もう全身に力が入らなかった。尻が突き出すように上がったままなのは、眞秀が腰を掴んで引き上げているからだ。
「いっ……て♡ なか、だして……♡」
メスイキをし続けた明日真の中は唸るように蠢き、腹の中の雄を搾り取ろうと必死になる。ずっと我慢の限界に近かった眞秀は二、三度奥を突くと、そのまま絶頂に身を任せるように射精する。
どくどくと脈打つ感覚を擽ったく感じながら、明日真はやっと意識を手放した。
──
「だからねえ、母さん今回は本気っていうか……あんたたちもお父さんいるほうが嬉しいでしょ」
「母さん、俺もう大学生だぞ? 今更?って話じゃね」
「また明日真あんたはそうやって天邪鬼なことばっかり言って……眞秀はどう? いるほうがいいわよねえ」
「俺はいいと思う」
明日真たちの母は一晩どころか、その翌日にも帰宅しなかった。一泊だけのつもりが盛り上がりそのまま二泊目もという話だったが、両親の、しかも異性の親のそういった話なんて聞きたくない。全身の疲労から翌朝どころか昼まで寝続けた明日真には幸いな話であったとしてもだ。
しかもとんとん拍子で義理の父親ができるかも言われれば尚更だ。こんなことならお遊びで色目を使うんじゃなかったと、薄っすらとした後悔すら滲む。
何より眞秀が肯定的なのも明日真の気に障った。いっそのこと義理の父親とやらも巻き込んで寝取らせて家庭内泥沼化してやろうかと考えたが、流石に一瞬そう思っただけだ。女手一つで年子の男兄弟を育ててくれた母親を想うと、冗談でも考えていいことではない。
「眞秀わかってんのか? 増えんの同居人じゃなくて家族だぞ」
「好きにしたらいい。来年には進学で家を出て行く予定だしな」
「えっ」
何それ聞いてない。
目を丸くする明日真が何か言うより先に、眞秀が口を開いた。
「大学生なったら兄貴とルームシェアで暮らす予定。もう少し時期が近くなったら言うつもりだったけどこの際だから伝えとく。だから息子たちが居なくなった家で仲良く暮らしたらいいよ」
そんな話は知らないし、お前そんなに一度に喋れるのかよ。と言いたかったが、鋭い眼光に気圧され何も喋れなかった。あれは「余計なこと言うな」ではなく「どうせ余計なことしか言わないから喋るな」の目だ。
「あらそうなの! 実は明日真がまだ家にいるの、いつ出て行くつもりかしらって思ってたのよね!」
とんでもないところから貰い事故を起こして明日真の表情が固まった。これでも忙しい母親に代わり家の仕事は大半を担っていたつもりだったが、さほど感謝されていないことがわかりショックだ。眞秀と違い家事とバイトで勉強を疎かにしたのが原因かもしれない。
まあ、将来の明るい展望がわかり上機嫌になった母を見ると、悪い選択ではないのだろう。
釈然としないが大きな不満とまではいかない気持ちを持て余して黙る。
居間を出る前に一度眞秀に目配せをして自室に向かうと、少し間を置いて扉が開いた。
「ノックくらいしろよな」
「お前だってしてないだろ」
何となくベッドには座れなくて、棒立ちになって向かい合う。何と切り出そうか迷っていると眞秀が笑った。
「意識しすぎ」
「う、うるせーな……さっきのあれどういう意味だよ」
「どうって、そのままだろ」
はあ?と語調を荒くした明日真が口を開こうとしたが、何も言えなかった。思ったより近くに……目の前まで迫っていた眞秀に唇を塞がれたからだ。
セックスのときにするような執拗いものではなく軽く触れるだけの口づけは、ちゅ、と音を立ててすぐに離れた。
「ま、そういうわけだから……逃げんなよ、」
「明日真」と、駄目押しするようにそう呼んだ。
低く耳障りの良い声を耳元で囁かれながら、そういやこいつ、昔から意地でも俺のことお兄ちゃんとか兄貴って呼ばねえよなと思い出したのだった。
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