小麦粉ヤクザ、虫に怯える

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小麦粉ヤクザ、虫に怯える

 荒野異世界『イシュトヴルム』  そこは地表の八割を砂と岩に覆われた荒れた世界である。政治体制は専制政治、一つの王国がこの世界全域を支配している。  当然統治など行き届く筈は無く、首都から離れれば離れる程治安は悪くなり、街も少なくなっている。   「ざっと説明するとこんな感じや……あっ、進路がちょい右にズレとるわ」 「おっと、なるほどな。それで俺達がいるのは比較的治安の悪いところで、目的地はそこの農村という事でいいんだな」 「せやせや」    (まさる)はタイヤで砂塵を巻き上げながら、ひび割れた大地をトラックで走らせてリーヤにイシュトヴルムの話を聞いていた。  荒野異世界とは呼ばれてるが、それなりに雨量もあるので困窮してるわけではないそうだ。ただ今回向かう農村はたまたま飢饉に見舞われて食料や水に飢えているという、つまりそれを救うために優が派遣されたというわけだ。  無論トラックのボディには小麦粉含めた食料や飲料水が入っている。   「そういえば、こっちに来た地球人は何人いるんだ?」 「大体十人ぐらいやな」 「お前みたいに地球にやってくるイシュトヴルム人は?」 「五百人ぐらいやな」 「多いな!」 「元々イシュトヴルムは地球を侵略しようとしてたしな」    初耳である。   「まあ色々あって主戦派が根絶されおってな、今は地球と通商条約を結ぶ方向で国が動いてんねん。アーチはそのためのファーストコンタクトや、ウチも地球を調べるために来たわけやしな」    それは大変良かったが、今度は地球側がイシュトヴルムを侵略しそうになっている、その辺はどう思っているのだろうか。密かに構えた拳銃(ハジキ)をしまいながら聞いてみた。 「ウチからは何とも言えん、そこはお上任せや。まあじいちゃんが許可せえへんとこっちに来れんししばらくは大丈夫やろ」 「じいちゃんてあの神様か」 「せやで、ほんまは神様やのうてイシュトヴルムのアリ、地球でいうところの……最高神官様や」   (汚ねえ神官様だなおい)   「異世界に連れてくる条件に美少女を連れてくるて言うとったけど、ほんまはイシュトヴルムの住民が同伴してることが条件なんや」 「なるほど、だけどそれなら美少女じゃなくていいだろ」 「そら神官様の趣味や、あのじいちゃん若い女の子好きやし。それに十五歳以下にしか性欲湧かへんし」 「ただのロリコンじゃねえか!」    これまでムーラ島に抱いていた神秘性をまさかすぎる方向から全否定されてしまい、優の中で気力という気力を根こそぎ刈り取られていく感じがした。  もういっそこのままUターンしてやろうか、などと血迷いかけたがそのような事をすれば若頭に殺される(文字通り)のでやめた。 「まあお前が地球にいた理由はわかった。話は変わるが、後ろから猛烈な速度で追いかけてくる集団がいるんだが、お前の知り合いか?」    カーナビにはトラックの後ろに取り付けたカメラの動画が映されている。リーヤが「ハイテクやー」等と関心しながら確認すると、確かに後ろから砂嵐かと見紛う程の砂塵を巻き上げて追走してくる集団があった。   「あれはゲシュ・ナルケト、所謂盗賊やな」 「わかりやすい、振り切れそうか?」 「無理やな、あいつらが乗ってる生き物はマサンていうんやけど、めっちゃ早いねん。すぐ追いつかれるわ」    馬みたいなものか、ならば。と優は片手で天板に手を掛けて開く。トラックの運転席の上にはドライバーが休むためのスペースがあるのだが、優は今回そこを武器庫にする事を選んだ。そこからライフルを取り出して窓を開ける。   「ハンドル変われ」 「いや! ウチ運転できひんで!」 「抑えるだけでいい!」    正面は岩地の平野が広がっている、多少横にずれても問題ない。  優は窓から身を乗り出し後方にライフルを向けてスコープを覗く。  動画ではよく分からなかったマサンの姿がハッキリ見える。長い首に肉付きのいい胴体、そこだけみると馬であるのだが、その胴体から生えでる四本の足は節足動物のように逆V字になってワサワサと蠢いていた。    まるでヨーロッパに伝わるアリとライオンを合成した幻獣「ミルメコレオ」のようだった。   「キメェ」    優は虫が苦手である。カブトムシですら発見すると短い悲鳴をあげる程だ、ゆえに夏は地獄だ。  そんな嫌悪感を催すマサンに股がる盗賊達の感性は中々理解できそうにない。   「まずは一匹」    引鉄を引く、パンッという破裂音が響きライフル弾が盗賊へと向かう、人に当てるよりは一際大きな体躯のマサンを狙う方がいいと判断した。はたして弾は狙い通り先頭のマサンに命中した。  マサンは体勢を崩して上に乗っている盗賊共々地面に倒れる。ここからでは死んだかどうかわからない。   「ちょちょちょ! はよ変わってえな!」 「……しゃーねえ」    あと一人くらいは仕留めたかったが、これ以上リーヤに運転を任せるのもそれはそれで不安がある。   「ほなここからはウチができるっちゅうとこみせたる」 「なにができんだ?」    ハンドルを変わった優はアクセルを踏んで速度をあげる。出しすぎるとちょっとの段差でジャンプしてしまうので程々をキープ。   「こう見えてウチはイネス使いや、盗賊ぐらい追い払ったる」 「イネスってなんだ?」 「イネスは……ええと、地球の言葉やと魔法になるんかいな」    つまりリーヤは魔法使いなわけだ。   「それじゃ魔法(イネス)使いの力を見せてもらおうか」 「合点承知や!」
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