小麦粉ヤクザ、地球へ帰る

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小麦粉ヤクザ、地球へ帰る

 目的地の村に辿り着いた時には既に日が沈みきって夜の帳が降りていた。  最初に優達を出迎えてくれたのは村の美女でも見張りの兵士でも村長でもなく、物見櫓から発せられた投石であった。    フロントを割り、頬を掠ってシートにめり込んだ時は心臓が止まるかと思った。  反射的に急ブレーキをかけて止まった。   「頼むリーヤ」 「う、うん」    肝の冷えた優は怯えながら運転席の下へ潜る。  リーヤがおそるおそる助手席から外へ出る。見張りの兵士がリーヤを確認すると警鐘を鳴らした。   「お、おいやべえ!」 「落ち着きやオッサン、あの鳴らし方は仲間が帰って来た事を知らせる合図や」    ゲシュ・ナルケトの襲撃にもマナ・ザラガールとの戦いでも物怖じしなかった優がさっきの投石一つで怯えきっている。  リーヤは心の中で「疲れきっとんなあ」と結論づけた。   「リーヤ!」    村の中から青い髪の女性が駆け寄ってくる。大変見目麗しく優の目には女神が降臨したように感じられた。髪色もそうだが顔付きも何処と無くリーヤに似ており彼女はリーヤの姉である事がわかる。   「ただいま!」    リーヤが駆けて彼女の胸元へ飛び込む。   「おかえりなさい、怪我はない?」 「うん!」    驚いた事に彼女もまた日本語が達者であった。  優はトラックから降りて近づいた。近づく度に女神オーラが優の心を浄化していく。   「お初にお目にかかります。未南雲優(みなぐもまさる)と申します」    今までにないくらい渋い声かつキリリとした表情の優。リーヤはそれを見た瞬間、何か(おぞ)ましい物をみたような顔をした。  マナ・ザラガールを見た時ですらそのような顔をしていなかった。   「まあっ、あなたがリーヤを守ってくださったのね。親族を代表してお礼を申します。それに村のためにこんなに物資を持ってきていただいて、感謝がつきません」 「いえいえ、お嬢さんにはここに来てから助けられてばっかりですよハッハッハ」 「お嬢さん!?」    ぞわわとリーヤの体が震え上がった。   「つきましては、村長さんとご両親にご挨拶を」 「まあそれでしたら私が村長兼リーヤの母親ですわよ」    ピシっと優が固まった。よりにもよって母親である。そういえばリーヤの種族は不老だった事を今になって思い出した。 「なあオカンに話したい事めっちゃあんねん、はよ帰ろ!」 「ハイハイ、まずは荷物を受け取ってからね」    その間優の頭の中では「いや待てまだ未亡人の可能性がある俺の性欲は捨てるには早い筈だそうだまだチャンスはあるこんな美人を逃すわけにはいかない」と、股間に正直な考えが渦巻いていた。   「ごほん、失礼かもしれせんがお父さんはどちらへ?」 「夫なら地球の日本という所で稲山組の若頭をしていますよ」 「それ俺の若頭(アニキ)だ」  ついでに優を送り出した人間だ。  優の希望が崩れ去った。それどころか若頭の妻をひっかけようとしたなどとバレたら殺されるかもしれない。いや確実に殺される。  これは黙っていよう。  尚、リーヤはニヤニヤとこちらを見ていた。さては気付いているなこの娘。   「おいリーヤ、何が望みだ?」 「さっきの約束を果たしてや、カレー屋に連れてくやつ」    お安い御用である。 ――――――――――――――――――――    翌朝、優とリーヤは地球へと帰還した。  クーエーンとは門の手前で別れた、帰り際に彼は部族に二度と優を襲わせないよう話を通しておくと言ってくれた。  短い付き合いだが友愛が芽生えた彼に優は自分の予備のナイフを親愛の証として渡した。クーエーンが泣いて喜んだのは言うまでもない。いやほんとにあそこまで喜ぶとは思わなかった。  余談だが、異世界へ渡ったのが昨日の早朝、時間的には日帰りを達成した事になる。  そして更に三日後、優はリーヤを連れて行きつけのカレー屋にいた。   「つまり若頭(アニキ)は元々イシュトヴルムの人間で独自のパイプを持っていたから異世界の事情に通じてたわけだ」 「せやで」     しかも国連内にそのパイプが通っているあたりイシュトヴルムの侵略計画が何十年も前から仕組まれており、またいかに周到だったかが伺える。  そのおかげで色々偽装できたわけだが。   「ほんと侵略計画が頓挫してよかった」    そして女神……もといリーヤの母親がいる村が困窮してると知って優を遣わしたという事だ。  優としては若頭にそのような人情があると言うのが一番の驚きだった。   「お待たせしました」    店員がやってきてお洒落な器に盛られたカレースープを数種類テーブルに並べる。真ん中にはナンが入ったバスケット、隣に白米が詰まった器が置かれる。 そういや、カレールーもナンも小麦粉だなと優は思った。   「おおお! めっちゃ美味しそうやん! ほんまありがとうな!」 「別にこれぐらいなんてことねえだろ」 「カレーだけやないって、村の事もや」    そう言えば、あの村はリーヤの故郷でもあるのか。   「たからありがとうやで、優」 「……どういたしまして」    つれない返事ではあるが、優の顔はこれまでになく緩んでいた。
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