プロローグ

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「きゃあっ!」  お気に入りのぬいぐるみを、友だちに無理やり取り上げられそうになった時、その子の腕は何かに弾かれた。  私はぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、泣きべそをかきながらその子を見て、そして絶望する。  あぁ、まただ。まるでおばけでも見るような目。 「リノちゃん、怖い! なによ! もうリノちゃんとは遊ばない!」  さっきまで仲良くワイワイと遊んでいたのに、くもの子を散らすようにみんなが私から離れていった。  いつもそうだ。  私が誰かに嫌なことをされそうになったりすると、何かがあらわれる。それはみんなの目には見えない。だから怖がる。  その「何か」は、私にもわからない。だって、私も見えないから。でも、何かが私の中にことはわかる。  嫌だ、と強く思った瞬間、身体がぶわりと熱くなる。きっとそれが、みんなを怖がらせる「何か」なのだ。 「うっ……うぅっ……うぇっ……」 「あらまぁ。莉乃(りの)、また泣いてるのかい?」 「おばあちゃん……だって、だって……」  ひとりぼっちで泣いている私の背中を優しくなでてくれるのは、千川(せんかわ)のおばあちゃん。  小学校の低学年くらいまでは泣き虫だった私。いじめられたり、仲間外れにされる度に泣いていた。  そんな私を慰めてくれたのは、いつも千川のおばあちゃんだった。  千川のおばあちゃんは、お母さんのお母さんだ。泣いている私をおんぶして、家まで連れて帰ってくれた。  今思えば、いくら子どもとはいえ、お年寄りが子どもをおんぶするのは大変だっただろう。でも、私はおばあちゃんのおんぶが大好きだった。  小さな背中だけど、あったかくて、やさしくて、どうしてだか元気が出てくるのだ。  そしておばあちゃんは、背中にしがみつく私に、いつもこう言った。 「莉乃、おまえの中には尊い力がある。その力は決して怖いものなんかじゃないんだよ。いつか、みんなを助けるものなんだ」 「とうといってなぁに?」 「そうだねぇ……なんて言ったらいいんだろうねぇ。とっても大切ってことかね」 「大切……」 「そう。人は、見えないもの、わからないものを怖いと思う。でも、おまえは怖がっちゃいけないよ」 「どうして? 怖いよ……」 「大丈夫。その力はおまえと、おまえの大切なものを守ってくれるんだから」 「おばあちゃんも……守ってくれる?」 「あぁ」 「……じゃあリノ、怖くない」  そう言うと、千川のおばあちゃんはそれはそれは嬉しそうに、顔をくしゃりと崩して笑う。  私はそれが嬉しくて、何度も「怖くないよ」と言った。その度におばあちゃんが笑う。  でも、千川のおばあちゃんは、私が小学校五年生の時に死んでしまった。  私は泣いた。涙が枯れてしまうんじゃないかってくらい。悲しくて悲しくてしかたなかった。  私は一生懸命祈ったのだ。私の中の「力」に。 『お願いだから、おばあちゃんを助けて!』  おばあちゃんは言ったから。その力は、私の大切なものを守ってくれるって。おばあちゃんも守ってくれるんだって。それなのに……。  それ以来、私は、私の中にある「何か」を完全に封印した。  役に立たない力なんて、あってもしょうがない。あってもしょうがない力なんて、気にするだけ無駄だ。あてにして裏切られるくらいなら、ないと思った方がいい。  でも──。  その「力」が私の進路をねじ曲げ、思わぬ方向へと導いていくことになろうとは。  旭丘(あさひがおか)学院中学校。  ここが、私の導かれた場所だった──。
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