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元気よく答える私に、シズカ先輩はまるで女神のような微笑みを浮かべた。
その笑みを見て、ケイゴ先輩が少し呆れたようにつぶやく。
「珍しく、シズカがメロメロじゃねーか」
するとシズカ先輩は、千川先生と同じ目をして、少しきつい口調で言った。
「そうよ。だから、むやみやたらにリノちゃんに触れないこと。しっかり監視させてもらうわね」
「なんだよ、それ! まるで俺が変態みたいだろ!」
「あら、変態なの? それじゃ、ますます目を離せないわね」
「ひでぇっ!」
むくれるケイゴ先輩に、みんなが笑い出す。もちろん私も思い切り笑ってしまった。
その時、ふと気付く。さっきまでいたハヤテの姿が見えない。
私の言葉に反応し、激しい風を起こしてくれたハヤテ。そのおかげで、悪霊たちを鎮めることができた。
「ハヤテ……」
私のその小さなつぶやきを聞いた千川先生は、振り返りながら答えてくれた。
「ハヤテ、という名前をつけたんだね。それは……君の力、風を操る力だよ」
「風……」
私たちの会話を聞いていたイッセイ先輩が、なるほどといったように何度も首を縦に振っている。
シズカ先輩やレン君も納得している。ケイゴ先輩を見上げると、クイと口角を上げた。
「火、水、土、そして風。これで揃ったな」
「揃った?」
「自然界をつかさどる四つの源。悪霊たちを鎮め、浄化するために必要な力だ。足りないピースがやっと揃った」
「足りないピース……」
ケイゴ先輩はふわりと表情を和らげ、私を見つめる。
そのとたん、心臓がドキドキと激しく暴れはじめた。
こんなの、ドキドキせずにはいられない。ケイゴ先輩の視線にとらわれ、そのまま目が離せない。
ケイゴ先輩は、少しずつ顔を近づけてくる。
え、え、なに? ちょっと待って! 誰かケイゴ先輩を止めて!
私はぎゅっと目をつぶる。
すると──。
「ありがとな、リノ。ソウサク部に来てくれて」
低くて、でも優しくて、思わずとろけてしまうような甘い声。
ゆっくりと目を開けると、ケイゴ先輩がいたずらっぽく笑っていた。
「もしかして、キスされると思った?」
「~~~~っ」
なにこれ、なにこれ!? からかわれた?
ニヤニヤと笑うケイゴ先輩を思い切りにらみつけるけれど、真っ赤になった顔じゃ迫力に欠ける。私はなんとか一矢報いたくて、お腹に力を入れる。
ケイゴ先輩、覚悟して!
私は、大きく息を吸った。
「ケイゴ先輩のヘンタイーーーーーっ!!」
「なにっ!?」
「リノちゃんっ!」
「ケイゴ、リノに何した?」
「兄ちゃん!」
全員が一斉にこちらを、いや、ケイゴ先輩を見る。その視線は冷たい。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! 俺、何もしてないしっ!」
「何もしてなくて、リノが叫ぶわけないだろう!」
「ケイゴ、私のリノちゃんに手を出すなんて許せないわ」
「ちょっと待って、シズカ! 私のリノちゃんってどういう意味っ!?」
みんなが大騒ぎを始める。
その様子を見ながら、私は知らず知らずのうちに笑っていた。
こういうの、いいな。みんな遠慮がない。でも、信頼関係で結ばれている──仲間。
「莉乃、楽しいかい?」
千川先生が優しく私に尋ねる。
お母さんと千川先生が、私をここに呼んでくれた。
最初は不満だらけだったけれど、二人ともこうなることがわかっていたんじゃないだろうか。見事にしてやられた感じだ。でも、すごく感謝している。
私はこれ以上ないという笑顔で、こう答えた。
「はい! とても。……私、ソウサク部に入れてよかった」
「そうか」
千川先生はホッとしたように笑い、再び前を向いて歩き始める。
おぶさった清水先輩はまだ目を覚まさない。でも、保健室に運ぶというなら、そこまで心配することはないのだろう。
カリン先輩を必死の思いで救い出した清水先輩。清水先輩はもしかして、カリン先輩を好きなのかもしれない。幼馴染としてではなく、一人の大切な女の子として。
そうだったらいいなと思いながら、私は空を見上げる。
少しずつオレンジ色に染まっていくきれいな空。悪霊たちがうごめいていたことなど、まるでなかったかのようだ。
「やっと……終わった」
ひとりごとのようにつぶやくと、「お疲れ」という声が返ってきた。
ケイゴ先輩が優しい笑みを浮かべ、私を見つめている。
ドキドキもするけれど、すごく安心できる。それは初めて感じる不思議な感覚だった。
「ケイゴ先輩も……お疲れ様でした」
第二体育館は静かに佇んでいる。
これからは、結界なんてなくても大丈夫。みんなが安心して使える体育館になるだろう。
といっても、それを知っているのは、私たち、ソウサク部だけ──。
人知れず、闇にうごめく悪霊たちを鎮め、学校の平和を守る。それが、旭丘学院中等部ソウサク部の活動。
大変だけれど、後悔はない。だって、こんなに素敵な仲間ができたのだから。
ずっとずっと欲しかった「仲間」。
私はイッセイ先輩にシズカ先輩、レン君を見て、最後にケイゴ先輩を見上げた。
これからも、この人たちと一緒に活動していこう。みんなに遅れないよう、一生懸命に努力して。
私はそう決心し、胸の上でそっと拳を握りしめるのだった。
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