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程なくして戻ってきた麻里子は、明穂と話をしている青島が見ると、驚いて声を掛けた。
「何かありましたか?」
心配そうに尋ねる麻里子に、青島は首を振った。
「いや。今日は山本さんが休みと言うから、松本さんとお昼に出てくるよ。」
「あら、珍しいですね。」
「朝から何も食べてないんでね。」
青島が始業ギリギリに出勤して来たことを思い出した麻里子は、納得したような顔になった。
ビルを出ると、青島は道向かいの居酒屋を指差した。
「食べる時は、大概そこなんだ。いいかな?」
「はい。」
と明穂の返事を聞いた青島は、歩き出した。
『あまのがわ』と看板が掛かった店の前まで来ると、入り口に置かれた黒板に『日替り定食・しょうが焼き』と、手書きで書かれていた。
「松本さん、好き嫌いは?」
「ありません。」
明穂の返事に青島は頷き、店に入った。
「いらっしゃいませ。あら社長、お昼は久しぶり。」
「こんにちは。」
馴染みの女将と挨拶を交わした青島は、振り返ると明穂に座って、と声を掛けた。
「青島社長は、お昼ご飯、食べないんですか?」
向かい合って座る青島に、明穂が聞いた。
「ああ。若い頃は食べていたんだけどね。朝しっかり食べると、お昼はどうしても外食になるから、量的にも多くて。昨日は眠れなかったせいで朝起きれなくて、朝食抜きだったから、ちょうど良かったよ。」
口元は笑っているのだが、ため息をつく青島が気になって、明穂は更に尋ねる。
「何か悩み事ですか?」
すると青島は少し驚いたような顔になった後、ふっと笑った。
「そんな大したことじゃないんだ。昨日から自分の不甲斐なさに、呆れてるだけだよ。」
青島の話を聞いた明穂は、何故かはにかんで見せたが、青島は気が付かなかった。
他愛のない話をしながら食べ終えて、青島が時計に目をやると、14時前だった。
「あっという間だな。」
もう未来も帰って来ている頃だろう、少し気持ちが軽くなるのを感じながら、早く顔を見たいという気持ちは募る。
さっと立ち上がり二人分の会計を済ませてしまった青島に、明穂は慌てて財布を開けた。
「今日はいいよ。」
優しく微笑む青島に、明穂はお礼を言うと、その背中に見つめながら会社に戻った。
そしてオフィスに戻った青島が、外出から戻って来ていた社員に、嬉しそうに声を掛けるのを聞いて、明穂も笑顔になっていた。
「お疲れ様です。ただいま戻りました。」
パソコンに向かっていた麻里子は、嬉しそうな明穂の声に顔を上げた。
「ご馳走でもしてもらった?」
「はい。」
「そう、良かったわ。社長、お昼はなかなか食べないから。まぁ、今日はもう上機嫌になる一方だと思うけど。」
麻里子は、出張から戻ってきた石原と和田と話す、青島を見ながら言った。
「神田さんは、何でもお見通しなんですね。」
肩をすくめた麻里子は、しかし、恥ずかしそうにしている明穂の顔までは見なかった。
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