病、罰、或いは恋情

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 その後。申し訳ないことになんだか気分が乗り切らず、今夜は帰ってもらうことにした。泊まっていくつもりだったらしい彼女は憮然とした様子だったが、事前に体調不良をちらつかせていたせいか、そこまで食い下がることはなかった。ただし、玄関の扉をくぐる直前、その瞳は疑念に満ちたものになっていたが。  どうやら浮気を疑われているらしい、というのは察していた。予定を聞いてくる頻度が高く、妙に家に来たがるのは、女の痕跡を探しているからか。しかし、はっきり問い詰められたわけではないから、否定する機会もなくて困っていた。  ただ、彼女が俺を疑うようになった原因については、心当たりがある。  部屋の奥にある棚、その引き出しから封筒を取り出す。中には一枚の写真。映っているのはひとりの女。椅子に腰掛けて、にこりと笑いかけてくる。そして、  ———「ねえ」。  ……赤く色づいた唇が動いた、ように見えた。  どう考えたって錯覚のはずである。しかしそれと合わせて幻聴まで聞こえるのはどういうことなのか。しかもこの現象、一年ほど前からずっと続いているのだ。恋人が言う通り、俺は本当に病院へ行ったほうがいいのかもしれない。写真が喋っている気がするなんて。  ため息とともに封筒へ写真をしまいこんで、引き出しに放り込む。封印! ……なんちゃって。笑おうとして、口もとが引き攣った。 「……はは」  写真が動いて見えるだけだ。おかしな声が聞こえるだけだ。たったそれだけの病気。不気味だけれど、無視してしまえば害はない。  だけどどうして、よりによってこの写真だったんだ。 「ねえ」 「うるさい」  こっちの心情なんか完全にスルーした呼びかけを、反射的に一喝する。これで静まってくれればいいのだが。 「ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ」 「…………」  ……逆効果だった。
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