病、罰、或いは恋情

4/6
前へ
/6ページ
次へ
       * 「澤村センパイも行きます? 今度のお食事会」 「合コンって言え。ダメだよ、コイツ彼女いるもん」 「えっ、そうなんすか」 「しかもめっちゃ可愛いの。見る?」 「はい!」 「だってよ澤村。スマホ出せ」  仕事の休憩中、デスクに突っ伏していると、同僚に背中を小突かれた。なにゆえオマエが自慢げなのか。  寝不足で重たい頭を上げれば、「うわ」と眉を顰められる。 「オマエ、めちゃくちゃ隈できてんぞ」 「わー、ホントだ。どうしたんすか、センパイ。もしかして彼女さんと上手くいってないとか」 「…………」 「アッ、すんません……図星?」  図星である。寝不足の原因は、彼女ではなく写真のほうだが。 「マジか。あの子オマエにベタ惚れだったじゃん、何やらかしたんだよ」  呆れたように見下ろしてくる同僚は、ずっと以前の俺たちのことしか知らないのだ。  最近の彼女はと言えば、俺を疑っていることを隠さなくなってきているようで。この間なんて、ちょっと席を外している間にスマホをチェックされていた。別に見られて困るものはないけど、ぶっちゃけかなり気が滅入る。 「女の子ってみんなああなのかな……」 「は? 何が?」 「色んなことに引っかかってさ。ちょっとしたことで嫉妬するし……」 「なんだそれ自慢か? クッソうぜぇな。おい鏑木、コイツほっといてお食事会の計画詰めるぞ」 「合コンですよ。えー、めっちゃ可愛い写真はぁ?」 「興味ねぇし」 「言い出したのセンパイじゃないすか」  何やら揉めながら遠ざかっていく背中を見送り、私用のスマホを取り出す。確認してみれば案の定、噂の彼女からのメッセージがバカスカ届いていた。「ねえ、今日空いてる? 会いたい」って、いきなり過ぎるし、昨日も会ったばかりじゃないか。  ごめん、という文字列を打とうとした指が、ふと止まる。……いや、これは、ダメかも。  以前にもこういうことがあった。  今の彼女とは違う子で、ずっと前、俺が浮気をしていると決めつけてきた恋人がいたんだ。そんな事実はないというのに、何度も疑ってきて、詰ってきて。  彼女はきっと必死に俺のことを好きでいてくれただけなんだろう。でも当時の俺は、それを受け入れられるほど大人じゃなかった。  だから別れを切り出したんだ。  それを聞いた彼女は、今にも死んでしまいそうな表情を浮かべていたっけ。……俺はそれを、いい気味だとすら思っていた気がする。オマエの自業自得だよって、そんなことすら考えて。 「……ん」  手の中のスマホが震えた。また新しいメッセージだ。懸命に約束を取り付けようとする彼女に、そっと返事をする。「空いてるよ。俺も会いたい」———劇の台本にあるような台詞を、本音とは違う言葉を、丁寧に丁寧に返すんだ。  ここは職場で、あの写真は自宅の棚の中。物理的に距離を取っているから、幻聴も幻視もない。そのはずなのに俺は、からの視線を感じていた。  これは本当に病なんだろうか。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加