1人が本棚に入れています
本棚に追加
*
「澤村センパイも行きます? 今度のお食事会」
「合コンって言え。ダメだよ、コイツ彼女いるもん」
「えっ、そうなんすか」
「しかもめっちゃ可愛いの。見る?」
「はい!」
「だってよ澤村。スマホ出せ」
仕事の休憩中、デスクに突っ伏していると、同僚に背中を小突かれた。なにゆえオマエが自慢げなのか。
寝不足で重たい頭を上げれば、「うわ」と眉を顰められる。
「オマエ、めちゃくちゃ隈できてんぞ」
「わー、ホントだ。どうしたんすか、センパイ。もしかして彼女さんと上手くいってないとか」
「…………」
「アッ、すんません……図星?」
図星である。寝不足の原因は、彼女ではなく写真のほうだが。
「マジか。あの子オマエにベタ惚れだったじゃん、何やらかしたんだよ」
呆れたように見下ろしてくる同僚は、ずっと以前の俺たちのことしか知らないのだ。
最近の彼女はと言えば、俺を疑っていることを隠さなくなってきているようで。この間なんて、ちょっと席を外している間にスマホをチェックされていた。別に見られて困るものはないけど、ぶっちゃけかなり気が滅入る。
「女の子ってみんなああなのかな……」
「は? 何が?」
「色んなことに引っかかってさ。ちょっとしたことで嫉妬するし……」
「なんだそれ自慢か? クッソうぜぇな。おい鏑木、コイツほっといてお食事会の計画詰めるぞ」
「合コンですよ。えー、めっちゃ可愛い写真はぁ?」
「興味ねぇし」
「言い出したのセンパイじゃないすか」
何やら揉めながら遠ざかっていく背中を見送り、私用のスマホを取り出す。確認してみれば案の定、噂の彼女からのメッセージがバカスカ届いていた。「ねえ、今日空いてる? 会いたい」って、いきなり過ぎるし、昨日も会ったばかりじゃないか。
ごめん、という文字列を打とうとした指が、ふと止まる。……いや、これは、ダメかも。
以前にもこういうことがあった。
今の彼女とは違う子で、ずっと前、俺が浮気をしていると決めつけてきた恋人がいたんだ。そんな事実はないというのに、何度も疑ってきて、詰ってきて。
彼女はきっと必死に俺のことを好きでいてくれただけなんだろう。でも当時の俺は、それを受け入れられるほど大人じゃなかった。
だから別れを切り出したんだ。
それを聞いた彼女は、今にも死んでしまいそうな表情を浮かべていたっけ。……俺はそれを、いい気味だとすら思っていた気がする。オマエの自業自得だよって、そんなことすら考えて。
「……ん」
手の中のスマホが震えた。また新しいメッセージだ。懸命に約束を取り付けようとする彼女に、そっと返事をする。「空いてるよ。俺も会いたい」———劇の台本にあるような台詞を、本音とは違う言葉を、丁寧に丁寧に返すんだ。
ここは職場で、あの写真は自宅の棚の中。物理的に距離を取っているから、幻聴も幻視もない。そのはずなのに俺は、彼女からの視線を感じていた。
これは本当に病なんだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!