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それは、四人のグループチャットが珍しく動いたことから始まった。
高校時代の女子卓球部で同期だった、四人組。
キャプテンを務めていたマユ、副キャプテンのエリナ、私のいちばんの親友であるイチカ、そしてこの私。
『アイコは年末帰省しますか? 久々にみんなで集まりたいな』
最初にそう発言したのは、エリナだった。
『するよ〜』
と、私はすぐにメッセージを返した。
『言い出しっぺがエリナだなんて、めずらし!』
『年末ギリギリだし
もうお店とかけっこう予約埋まってるかなぁ?』
『あ。私、こないだ引越して一人暮らしなんだけど』
『イチカが!? 引っ越した? いつ?』
『そうなの?』
『え~! しらなかったぁ。
親友としたことがあああ 涙』
『なかなか言えなくてごめんね、アイコ。
いろいろ立て込んでて。
それでさ、せっかくだからうちで宅飲みしない?
引越し祝いも兼ねて 笑』
『自分で言っちゃう!? 笑』
『でもそれめっちゃいい!
イチカの新居行ってみたい』
『じゃあ冬だし、鍋やろうよ
ネタになるし闇鍋とか、やってみない?』
『なにそれ~笑
エリナがそんなこと言うなんて、それこそネタだわ!』
というなりゆきで、十二月某日。
四人そろってイチカの新居である新築のマンションにお邪魔することとなった。
私は就職を機に地元を離れた。電車を乗り継いで五時間ほどかかるため、帰省するのは年に二度ほどだ。マユは大学院生で、通学のため隣の県で下宿している。エリナは県内の小学校の教員で、ずっと実家で暮らしている。
二十代も半ばになると、みんなそれぞれの生活スタイルを持っていて、こうして集まることもまれだ。
久しぶりに会ったということもあって、私たちは少しはしゃいでいた。
だからおたがいの裏側にひそむ、ささいな違和感には、まったく気付くことがなかった。
「想像してたよりもずっと広ーい! ここでほんとに一人暮らしなの!? 贅沢だなあ」
マユが遠慮なく、リビングのソファに腰を下ろす。
「イチカは稼いでるから」
高校の頃から「将来はとにかく、安定した収入がほしい」が口癖だったイチカは、いまや立派な公務員だ。
「ほんと、そんなことないんだって~」
と両手を振っておおげさに謙遜するところは、むかしと変わらないけれど。
私たちはわいわいにぎやかに会話を交わしながら、鍋の用意をした。
それぞれの具材はまだ秘密にして、鍋にだし汁と野菜を入れて、四人分の食器を座卓に並べていく。
それからひとりずつ、持ち寄った具材をタッパーやクーラーボックスから取り出して、ほかのみんなに見えないように、鍋に投入していく。
「じゃ、電気消しまぁす」
という家主のエリナのひと声で、リビングに闇が訪れる。
時刻は午後六時。外はもうすっかり日が落ちて、さらに遮光カーテンを閉めているため、かなり本格的に真っ暗だ。
それだけで異様な空気感。ちょっとワクワクして、みんなして「きゃあ」とか「おぉっ」とか声を立てる。私は隣のエリナに抱きついてみたりとかして。
座卓を囲んで、乾杯をする。
ぐつぐつと、鍋の煮立つ音がしてくる。
暗闇に、少しずつ目が慣れてくるものの、鍋の中身はまだ見えない。
「そろそろかな」
というマユの声を皮切りに、各々順番に、お皿に鍋をよそう。
闇鍋のルールとして、自分のお皿によそったものは絶対に食べなければいけない、という決まりがある。
私は心臓を早鐘のごとく打たせながら、一口目を口に運んだ。そして。
「うっ……」
「アイコ、どうしたの?」
隣から、ドキッとしたようなエリナの声がした。
「……なにこれ。バナナ入ってた」
闇鍋なら致し方ないこと。私は醤油だし味のバナナを飲み込んだ。
「こっちはあたりめ入ってたよ」
イチカが笑っている。それは私が入れた。
「アンタたち、常識的すぎでしょ。上靴とか画鋲とか、もっととんでもないものいれなさいよ」
「なーんて言ってるけど、マユが入れたのって、もしかしてこの肉団子じゃない?」
「普通においしいやつだね」
バナナは誰が入れたのか知らないけれど、上靴も画鋲もないままに、お酒と野菜で口直ししながら、なんとか食が進む。
「それにしても、珍しいじゃん、エリナがみんなを誘うなんて」
エリナは副キャプテンだったけど、内気な性格で、いつもキャプテンのマユを陰で支える役目を担っていた。私ら三人の後ろを恥ずかしがりながらちょこちょことついてくるような、可愛らしい女の子だったんだ。
逆に先手必勝、思い立ったら止まらないマユは、その思い切りの良さが長所でもあるんだけれど。
「高校のときは、最初に遊ぼうって言い出すのは絶対マユだったもんね」
「そうそう、前の日とかに突然ね」
「で、エリナが慌てて営業時間とか、行き方とか調べるっていう」
「あるある~」
しばらくは和やかな空気のなかで、むかしばなしに花を咲かせた。
一瞬、話題が途切れると途端に、そういえば電気をつけていなかったことを思い出す。
そのしんとした闇が降りたなかで、彼女は口を開く。
「あのさ、私……人を殺しちゃったんだよね……」
発言者はこの闇鍋忘年会の提案者でもある、エリナだった。
「えっ……」
隣に座っていた私の身体が、思わずのけぞる。
暗闇で表情がよく見えないが、エリナのいるであろうあたりには、微動だにしない黒い人影があった。
「——って言ったらどうする?」
エリナは、静かにささやく。
「も〜冗談やめてよぉ」
「怪談かよっ」
イチカとマユの気の緩んだ笑い声に、私もほっと息をついた。けれど。
「あのね……嘘じゃ、ないの……ほんとなの。殺っちゃったの」
エリナの声は真に迫っていて、
「ずっと秘密にしてたんだけど……もうひとりでは抱えきれなくて」
それはとても冗談だとは、思えなかった。
「いつ」
「一週間前」
「なんで?」
「ストーカー……ある日帰ったら、部屋にいて。怖くなって、とっさに包丁持って脅したら、間違えて刺しちゃって」
エリナは鼻をすすった。
まだ実感の湧かない心持ちで、
「エリナ、それ警察には行ったの?」
と私は聞いた。
「行ってないよ……言えるわけない。だって。私、なにも悪いことしてないじゃん」
たしかに、エリナが悪いわけじゃない。それなのに身勝手なストーカーのせいで澄香の人生が台無しにされてしまうなんて、ちょっとかわいそうすぎる。
すると、マユも同じことを考えていたようで、
「エリナ、この四人だけの秘密にするから、今日でそのことは忘れよう」
と、決然と言った。
「そうだよね……エリナは間違ってやっちゃったんだし」
イチカも、不安そうな声音ではあるけれど、同意してくれる。
「ううっ、ありがとう、みんな」
エリナは泣きながら、だけど感動したように声を振り絞った。
「鍋も残り少なくなってきたね」
だいぶ目の慣れてきた頃だ。私はおたまで鍋をかきまぜる。中身は依然として判然としないけれど、おたまが底を突く音と、汁気がほとんどないことで、終了が近いことがわかる。
「ねえ、最後にそのストーカー犯は誰だったのか、とか聞いてもいい?」
イチカが、おずおずと問いかけた。
私は、その話、まぜっかえすの……? とちょっと思ってしまったけれど、イチカのことだから、少しでも事情を知っておきたいのだろう。それに私も、少しだけ気になる。
すると、エリナはごくりと喉がなるくらい、唾を飲み込んだ。
それから、ひそひそ声で、言ったのだ。
「羽場さんって……高校のときの先輩、覚えてる?」
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