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他にツルを探せないまま、どんどん雨は土砂降りになり、せめて小降りになるまではと横穴に身体を捻じ込んだ。
私が帰らなければ誰かが探しに来てくれるだろう。
今の時代はスマホのGPSだってあるんだから、私の居場所だってわかると思うし。
あの時の土砂降りでも井戸に溜まった水は大人の胸丈だった。
だったら私でも乗り切れる、きっと。
だから雨よ、早く止んで。
足元に溜まってきた水と暗闇とザァアアアという全ての音を遮るような大音量に心細くなる。
身を竦めた私の耳に、届いた雨以外のなにか。
最初は微かにどこか遠くで。
けれど、楽しそうに笑う子供の声が、井戸の中でこだまし始める。
姿の見えないその声が、聞こえてくるのは横穴の奥。
暗闇に目を凝らす。
何も見えないはずの漆黒の向こう側でいつか見たようなヒラヒラとした白いものが走ってくる。
これは、夢だ、悪い夢だ。
早く早く目を覚まさなきゃ!!
『忘れ物、見つけたの。チハルちゃん』
覚めない夢の中、人形を手にしたあの日のユキエが、私に笑いかけた。
――完――
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