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このバス停を利用するのは、2年半ぶりのことだ。
懐かしい田園風景に思いを巡らせる間もなく、バスを一歩降りた瞬間に顔から汗が噴き出した。
ジリジリと肌を焦がすような太陽光で、アスファルトの先に広がる陽炎。
道路脇にはむせ返るような草いきれ、耳障りでけたたましい蝉の声。
なにもかもが懐かしく鬱陶しい。
重いトランクをゴロゴロと引きずりながら、バスが走り去った方角に少し歩いてから右に曲がる。
見上げた空の色が、東京とは違う。
どこまでもどこまでも青いキャンパスに白い絵の具でスーッとなぞったような一筋の飛行機雲がたなびいていた。
眩しさにギュッと目を閉じたら、残光のコントラストにクラリと眩暈がした。
遠い、実家までの残り徒歩15分が遠い。
東京から新幹線で3時間、在来線で1時間、それからバスで30分の観光所もない自然だけが豊かなただの田舎だ。
前に帰ってきたのは大学一年生の冬のこと。
その次も、次の次の夏も冬もバイトだ、友達と旅行だと理由を付けて実家には帰っていなかった。
だって帰ったところで幼馴染と遊ぶくらいしか、ここには用事はない。
娯楽も何もない場所だから。
なのに、今年は帰って来るしかない事情が重なってしまった。
この夏は特別だ。
あれから12年、か……。
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