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「そう、私にはカエルの王子様が迎えに来てくれた。出会ったのは梅雨が始まった頃で、カエルだから雨の日にしか現れてくれない。決まって私が一人の時に現れてお話をしてくれる。カエルの王子様の国のこととか、余暇には馬に乗って散歩をしたとか、隣の国のお姫様に求婚されて困ったとか、断るために家臣に手伝わせてお姫様を騙したとか、その恨みで魔女に呪いをかけられてカエルにされてしまったとか、真実の愛があれば元の姿に戻れるとか、色んなお話をしてくれた。」
なんともありきたりな童話らしい流れだ。最後には真実の愛とやらを見つけてハッピーエンドなのだろう。いや、この場合、カエルの王子様が迎えに来たのは彼女なわけだから、ハッピーエンドはないか。
「どれも嘘みたいな話だったけど、目の前に人の言葉を話すカエルがいるんだもの。私は自然とどの話も真実に思えた。」
「それで、君はそのカエルの王子様に恋をしたの?」
俺は少しからかうように彼女に尋ねた。それに対する彼女の声色はこれまた真剣で、俺の中に何とも言えない不安感を残す。
「違う、そうじゃないの。とりあえず、最後まで聞いて。カエルの王子様は悲しい時、辛い時に限って現れていつも優しく声をかけてくれる。上司からいわれのないミスで責められたときも、両親から「早く結婚して家庭をもて」なんて言われた時も。いつしかカエルの王子様は私の心の支えになってた。」
彼女はカエルの王子様との思い出を随分と楽しげに話す。こんな話に嫉妬心を抱く自分自身に驚いた。ただ、それほど彼女の話し方にはリアリティがあったのだ。
「でも、ある雨の日、カエルの王子様は
『もうすぐ梅雨が明けます。雨の日が少なくなれば、私は身を潜めなければなりません。簡単に会いに来ることも出来ないでしょう。
それでも、私はあなたのことを好きになってしまいました。次の雨の降る満月の夜に必ず迎えに来ます。真実の愛があれば、きっとこの呪いも解けることでしょう。そうすれば、国に戻り大きな城と広い庭で一緒に幸せな日々を過ごしましょう。
もう一度、貴方に会えることを楽しみにしています。』
って言い残して、私の前から姿を消した。その時は衝撃的でいなくなるカエルの王子様に何も言うことは出来なかった。私のカエルの王子様だと思っていたから、この日常から連れ出してくれるものだと信じていたから。」
カエルの王子様との別れを想像したのか、彼女は悲しそうに言った。
「それから、カエルの王子様の言う通り、梅雨が明けて晴れの日が続くようになった。雨の日だってあったけど、カエルの王子様は現れなかった。次の雨の降る満月の夜まで会わないつもりだったんだと思う。何日も雨が降り、何日の満月の夜がきた。でも、雨の降る満月の夜はやってこなかった。
……なんてね。人の言葉を話すカエルなんているわけないよ。」
俺の方に振り向いた彼女の表情は穏やかで、いつもの雰囲気と同じに見えた。
「朝食を作ってくる。あなたはもう少しゆっくりしてて。」
そう言って彼女は一足先にキッチンのあるリビングに向かう。
俺も遅れて寝室を後にし、リビングにあるテレビをつけた。たまたまつけたチャンネルでは朝のニュースが放送されていて、アナウンサーが「昨夜は雲一つない夜空で綺麗な満月が見られました。」と笑顔で話していた。
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