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ー 星へ往く船 ー
「ヒカリちゃん! あたしたち殺されちゃうかもよ! ナイト・ダンサーに!」
うたた寝していたヒカリに、隣の席のアメリアが言った。
ヒカリは、「ナイト・ダンサー」という言葉を聞いて、何かのダンスグループかと思った。
こんな生物学の会議で、なんでダンスグループの話?
それで、なんで殺されちゃうの?
と不思議だった。
ヒカリは、会議が眠くて、話を聞いていなかった。
アメリアに訊いた。
「何の話ですか?」
アメリアは、20代で北欧系の美人生物学者だ。
アメリアが言う。
「ナイト・ダンサーよ! なんか宇宙中を股にかける暗殺集団ですって! 怖いわー」
ヒカリが問う。
「で、それと私たちに何の関係が?」
「それがね、エデン2を狙ってるらしいって!」
「えっ? 私たちの船を? なんで?」
「だって、この船って財産の宝庫でしょ。科学者ざくざく、街も豊かだし」
アメリアが席を立った。
「ヒカリちゃんも気を付けてね。まあ、うちには優秀な移民船情報部があるから大丈夫だとは思うけど……」
そう言い残して、アメリアは会議室を出て行った。
もう、お昼時だ。ヒカリも席を立った。
ヒカリの乗っている船は、「エデン2」という木星ジュピターへの移民船だ。
2122年。地球を離れた。船の中は、地球上の架空都市と同じ作りになっている。
地球は環境破壊が進み、宇宙開発が飛躍的に進んだことから、惑星への移民が当たり前になった。
しかし、その開発はまた、海賊船と言う犯罪集団も作ってしまった。
裕福な移民船の財産や、今や全宇宙の財産となった科学者も狙われる。
科学者は、個人で宇宙開発を目論む資産家などに狙われ、捕らえられると売られる。
それを防ぐために「移民船情報部」がある。
「移民船情報部」は警察、消防、軍隊の役割を一手に引き受けている機関だ。
「移民船情報部」の一番のトップはエデン2の船長ミス・シルバーマン。
その名のとおり、銀髪の上品な五十代の女性船長だ。
シルバーマンの下、移民情報部員は科学者の警護に当たったり、船の警護をしたり、町の治安を守ったり、大忙しだ。
特に最近は科学者が狙われることが多かった。
今、宇宙中で一番欲されているのは、優秀な頭脳だった。
アオイ・ヒカリは16歳でその科学者のうちの一人だ。
地球にいる時は、ヒカリは科学アカデミーにいた。
同じ年くらいの生徒がその特異な才能を伸ばすため通っていた。
ヒカリは、地生物学を学んだ。
そのヒカリにはずっと、持論があった。
「宇宙は人間が創った」
ヒカリにはもう両親はいなかったので、「エデン2」に乗り、ジュピターヘ行くことに抵抗はなった。
むしろ、自分の持論を証明するために、是非行きたかった。
「とにかく、まず宇宙に出なくては」
そう、思ったのだ。
ヒカリはランチルームへ行った。
窓際の席にナオミがいた。
「ナオミ、今日は何食べてるの?」
ヒカリが後ろから尋ねると、シラカワ・ナオミは振り返って、口をもぐもぐさせながら言った。
「かつ丼。大盛。油ギット、ギットのやつ」
ヒカリは笑って、
「いいよねー。ナオミはSを飲まなくても太らないから」
Sというのは、昔で言うダイエットサプリだ。
今はもう、みんな一年で一回一粒、Sを飲み、肥満な人間は少ない。
しかし、中にはSを嫌い、敢えて自然に生きようとして太ったままの人もいる。
ナオミはSを飲まない。
何でも食べる。
でも、スタイルがいい。
ナオミは、この船に乗ってから最初にできた同い年の友達だ。
街のマクドナルドで働いている。
マクドナルドの定員と客としてナオミとヒカリは出会った。
「マクドナルドはねー。すごいんだよー! 二百年位前からあるの! あたし、マクドナルドで働けてめっちゃ幸せ!」
そう、ナオミはいつも語る。
かつ丼を食べ終わったナオミが言った。
「ヒカリのおかげで、何でもあるビップルームのランチが食べられるー。ありがと!」
そう。
ここは、一般の人は入れないエデン2の関係者のみのランチルームだ。
でも、目の光彩認証で、関係者の知り合いだと証明できれば入れる。
後ろから声を掛けられた。
「おー、二人とも、何、食ってんの?」
サクラ・ショウだった。
「移民船情報部」の制服を着ている。
ショウはナオミの幼馴染みで、二人は移民船に両親とともに乗っている。
17歳で、「移民船情報部」で働いているのだ。
身分は少尉だ。
昔は、十代の少年少女が働くことは、あまりなかったそうだが今は普通だ。
「オレ、何にしよっかなー」
ショウが嬉しそうに迷っていた。
そのショウにヒカリは訊いてみる。
「ショウ、ナイト・ダンサーって知ってる?」
ショウの表情が急に変わった。
「もう、情報、漏れてるか?」
「うん。さっき、会議で聞いた」
ナオミが不思議そうに訊く。
「ナイト・ダンサー?」
「ああ、凄腕の暗殺集団だ」
ヒカリが訊く。
「盗賊じゃないの?」
「ああ、違う。政府の要人や科学者を狙う専門の殺し屋だ」
「それがこの船を?」
「ああ、情報が入った。ナイト・ダンサーは実態が全くつかめてない。数人で何百人もの軍人も殺したスペシャリスト集団だと言われている。ナイト・ダンサーというのは、その殺す様子がまるで踊っているみたいだったという数少ない生存者の証言からきているんだ」
ナオミが震えた。
「こわー」
その時、ランチルームの隅で、怒鳴り声がした。
「てめー、気に入らねーんだよ。何様だよ! いつも、バカにしてすました顔しやがって!」
ヒカリがその方を見ると、「移民船情報部」の制服を着た大柄な男と同じく制服を着た細身の背の高い少年がいた。
怒鳴っているのは、大柄な男だ。
少年は俯いている。
「大体がなー、その年で何で少佐なんだよ! なんか裏でコネとか使ってんだろ!」
男が、少年に掴みかかった。
少年は男のその腕を掴み、捻り上げた。
「イテテッ! 離せ! テメー!」
少年が口を開いた。
「ここは公共の施設です。静かにしてください」
ショウがその様子を見て言った。
「あーあ、カズマ少佐、また嫉まれてるよ」
ナオミが食いつくように訊く。
「誰? めっちゃイケメン!」
「情報部のカズマ・ハヤテ少佐。俺と同い年だけど冷酷非道。未だ誰も笑った顔を見たことがない。いきなり来て少佐という謎のエリート」
「へー、なんか、そそられるー。ねえ、ヒカリ? よくない?」
「えっ? あたし? あたしそういう人はちょっと……」
あたしの好きなタイプは優しくて笑顔の可愛い人。
ひかりは、そう思って一人で照れた。
「何くねくねしてんの? ヒカリ?」
「えっ? う、ううん。なんでもない」
ショウはかっこいいけど、さっぱりした和風イケメン。
あたしは、もっとこう、どこか守ってあげたくなるような、捨てられた仔犬みたいなキュンとくるようなタイプがいいな。
まだ、男の人と付き合ったことないけど……。
ヒカリは、ハヤテを見た。
トレイを持って、テーブルに一人で着いている。
ヒカリは思った。
うーん、外見はタイプなんだけどなあ……。
笑ってくれないかなあ……。
ハヤテが視線を上げた。
ハヤテを見ていたヒカリと目が合った。
射るような視線だった。
ヒカリは、ビクリとして慌てて下を向いた。
怖い……。
同じ「移民船情報部」でもショウとは全く違っていた。
ショウは守る目をしていて、ハヤテは攻撃する目をしている。
絶対一緒にいたくない……。
あんな人とは。
ヒカリはそう強く思った。
なのに、人生はそうはいかなかった。
「今日からあなたを警護してくれるカズマ・ハヤテ少佐よ」
ミス・シルバーマンがそう言って、ヒカリにハヤテを紹介した。
ヒカリは戸惑って、言った。
「あ、あのー。別の人に……」
「なあに? 彼は情報部で一番優秀よ」
「で、でも……」
ミス・シルバーマンは豪快に笑い、
「まあ、年も近いんだから、そのうち仲良くなるわよ」
と言った。
ハヤテはヒカリが文句を言っている間も全く表情一つ変えず、黙っていた。
「あ、あのー」
「はい」
なんか、声まで冷たい。
「どのくらい一緒にいるんですか?」
「暫く警戒情報が消えるまでです」
「えっと、具体的にどうするんですか?」
「生活、仕事、一般において常に警護いたします」
「常にって、うちの中にも入られるんですか?」
「はい。もちろんです」
「え、ええ? ま、まさか、お風呂とかには入ってこないですよね?
さすがに」
「いえ。入ります」
「え、ええっ?」
「浴室で殺害された事例もありますから」
ヒカリは激しく動揺した。
え、だ、だって、あたし、胸、ちっちゃいし……とか
訳の分からないことを思う。
「人間の裸体には慣れています」
「ら、裸体って……」
そっちが良くったって、こっちは困るのよ!
裸なんて、死んだ両親以外、見せたことがない。
ましてや、男子になど!
そんなヒカリの思いを踏みにじるようにハヤテが言った。
「裸を見られるくらい、誘拐されて売り飛ばされるよりましでしょう」
「そういう問題じゃなくて! ……気持ちの問題です」
「気持ちなど、どうにでもなります」
なんか、いちいち腹が立つ!
なんか、この人、ロボットみたい。
まるで、人の感情がないみたい。
ヒカリは心の中で大きくため息を吐いた。
その日の帰りから、ハヤテの護衛が付いた。
自宅との行き帰りは、軍事用エアモーターサイクルだった。
慣れてない車で、ドアから出る時、躓いた。
外で、待っていたハヤテが支えた。
その手を近くで見た。
華奢だと思っていたが、やはり男性なので、手もヒカリより大きく骨も太かった。
しかし、指は細くきれいな手をしていた。
ヒカリは正直に思わず、
「きれいな手ですね」
と言った。
ハヤテは、ハッとして手を隠し、
「いえ……汚い手です」
と、呟いた。
「なんで? ほんとにきれいな手です」
「……」
ハヤテは辛そうに俯いた。
ヒカリは、ハヤテが感情をあらわにするのを初めて見た。
なんか、手のことであるのかな……。
ヒカリは思った。
本当に、バスタイムにはハヤテもバスルームに入って来た。
「あ、あの、シャワーだけすぐ、浴びるんで、あっち向いててください!」
「分かりました」
ハヤテが外を向いた。
ヒカリは急いで服を脱いで裸になった。
慌ててシャワーを浴びようとした瞬間、焦って、石鹸を踏んでしまった。
「きゃーー!」
後ろ向きにひっくり返る。
ハヤテが素早く振り向いて支えた。
完全に全裸を見られた。
「きゃーー! 見ないでーー!」
ハヤテは冷静にかけてあったバスタオルを差し出した。
「これを」
ヒカリは慌ててバスタオルを体に巻いた。
もう! 最悪!
結局、ヒカリはシャワーを浴びなかった。
それから、就寝の時間になった。
多分そうだと思ったけど、やはりハヤテも寝室に入って来た。
ベッドに入って、ハヤテに言う。
「あたし、寝ますけど、あなたはどうするんですか?」
「起きています」
「寝ないと倒れちゃいますよ」
「大丈夫です」
「でも……あっ! じゃあ、あたしが起きてる間寝て下さい」
「えっ?」
「なんかあったらすぐ起こしますから」
「そういう訳にはいきません」
「いいから、言うとおりにして下さい! そうしないと、もう協力しません!」
ハヤテはしばらく考えていたが、こう言った。
「じゃあ、すぐ隣で少し仮眠を取ります」
「えっ?」
「だったら何かあった時すぐ起こせるでしょう」
ハヤテがベッドに近付いてきた。
ベッドに上がり、ヒカリの寝ているすぐに横に来る。
ちょ、ちょっと近い!
添い寝じゃん!
「では、五分仮眠します」
そういうと、すぐに寝た。
あっという間に穏やかな寝息を立て始めた。
ヒカリは呆れて、ハヤテの寝顔を見た。
普段と全然違う無邪気な顔をしていた。
人の寝顔ってどんな人も天使なのよねえ……。
しみじみ、至近距離でハヤテの顔を見る。
きれいな顔してるなあ……。
整えてんじゃないのっていうきれいな眉に、通った鼻筋。
まつ毛なんかあたしより長いじゃん。
見つめていたら、ハヤテの目がパチッと開いた。
「わっ!」
ヒカリはびっくりしてゴンっと後ろの壁に頭をぶつけてしまった。
ハヤテが腕時計を見る。
「五分です。ありがとうございました」
「い、いえ……」
ヒカリは何だかドキドキしてその後眠れなかった。
そして、そんなふうな日が三日続き、四日目に事件が起こった。
ナイト・ダンサーが動いた。
ヒカリと同じく護衛が付いていたアメリアが惨殺された。
「移民船情報部」のベテランが護衛についていたが、その情報部員もろとも殺された。
何故、殺されたのかは謎だった。
ミス・シルバーマンは酷く落ち込み、ヒカリを呼んだ。
「ナイト・ダンサーの目的が分からないのよ。アメリアが、何故殺されたのか……」
「……はい」
「ただ……思い当たることは、ひとつあるの。あのね、実はあなたに言ってないことがあるのよ……」
「何ですか?」
「カズマ少佐はね……」
ミス・シルバーマンが言い淀む。
「何ですか?」
「……元ナイト・ダンサーなの」
「えっ……」
ヒカリは絶句した。
「組織の情報を話して、組織を抜けた。それをあたしが引き取ったの。彼はもともといい子だし、とても苦しんでいたから」
ヒカリは手のことを思い出していた。
「汚い手です」
そう言った。
「ナイト・ダンサーはね、ある種、絆が強い。だから、裏切ったハヤテを多分許さない。そのことで、エデン2の科学者の全員くらい簡単に殺す……。でも、今、ナイト・ダンサーに立ち向かえるくらい技術のある情報部員はハヤテくらいなの」
ヒカリは恐ろしさと共に、ハヤテが
「汚い手です」
と言った時の苦しそうな顔を思い出していた。
「だからナイト・ダンサーがあなたを狙う可能性が大きい」
ヒカリはぞっとした。
「今さら、ハヤテを護衛から外しても、もう遅いわ。多分、あなたを誘拐じゃなく殺そうとする……」
ヒカリは、倒れそうになるのを、必死でこらえた。
ヒカリの護衛は強化され三人体制になった。
その中にショウも入った。
ショウと情報部の中でも屈強なカザマと言う情報部員だった。
そして、それが起こったのは、帰りの車を出た瞬間だった。
カザマがまず、車を出た。
その首が血しぶきと共にいきなり飛んだ。
首のない体が崩れ落ちた。
ハヤテが叫んだ。
「ヒカリ! 車の中にいろ!」
ハヤテとショウが銃を構えて、外へ出る。
黒い影が走った。
と思ったら、ショウの体から血が噴き出した。
黒いマントを着た男が、ショウの背後から意識のないショウの首を持っていた。
「出てこい」
そう男が車の中にいるヒカリに向かって、言った。
その男が突然崩れ落ちた。
その後ろにハヤテが立っていた。
ハヤテは倒れたショウに駆け寄ると、ショウを揺すった。
「サクラ!」
ヒカリは車の中から出た。
「入ってろ!」
ハヤテが言ったが、どうでも良かった。
「ショウ! ショウ!」
ヒカリは、泣きながらショウを揺すった。
そのヒカリの顔へ血しぶきが飛んで付いた。
顔を上げてみると、ハヤテの頬が深く切れていた。
周りに黒いマントの男たちがいた。
踊っていた。
腕を上げ、足を上げる度にハヤテの体が切れて、血が吹き出した。
マントの男の一人が言った。
「戻って来い。ハヤテ」
ハヤテが叫んだ。
「イヤだ!」
「その小娘を殺したら、仲間に戻してやる」
「イヤだ! 守りたいんだ!」
「今更、そんな小娘一人守ったってお前が殺したやつの罪が消えると思ってるのか? ハヤテ、何人殺した? 何十人? いや何百人だ?」
ハヤテは泣いていた。
ヒカリは怖かった。
でも、それよりもハヤテを助けたかった。
「こ、小娘一人助けたら、何百人殺したって罪は消えるんだから! 人の命は一緒なんだから!」
ハヤテがヒカリを抱き締めた。
その背に容赦なくナイフが舞った。
「ハヤテ、本当に死ぬぞ」
影が言った。
「死んでも守る!」
血まみれのハヤテが叫んだ。
急に静かになった。
動く影が止まった。
「ハヤテ、お前はもう、仲間ではない」
そう、男の声が響いた。
黒い影たちは去って行った。
*****
ヒカリは最初にショウの病室を訪ねた後、ハヤテの病室へ行った。
ヒカリは小さな庭で育てたスズランを持っていた。
ハヤテはベッドに背を起こしていた。
その頭と頬には包帯が巻かれていて痛いたしく見えたが、その瞳はしっかりとしていて元気そうだった。
ヒカリがスズランを渡すと、
「ありがとう……」
と言って微笑んだ。
その笑顔を見て、ヒカリは胸がキュンとした。
そして、仔犬のような優しい笑顔だと、ヒカリは思った。
ー END ー
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