寮単位

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寮単位

 初夏の風景を思い浮かべれば、桜の並木道も青々しく木陰をつくるはず――。(せわ)しない昼休みが終わりに近づくと次々とクラスに人が戻ってくる。  一人、ベランダで黄昏(たそがれ)ていた統華(とうか)はバタバタと騒がしい足音に入り口を振り向いた。 「桔梗(ききょう)寮は午後から東校舎のロビーに集合だって!」  他クラスの確か、同じ寮の人だ――統華がそんな事を思いながら外で息を潜めていると案の定、近くの生徒を捕まえる。 「大越(おおこし)くん知らない?」 「あぁ、統華(とうか)君ならベランダに……あれ、さっきまでいたと思うんだけど。 雛菊さん来たの分かって移動したんじゃないかな。」  屈託のない笑顔でトゲを放った生徒に困った表情を作りながら眼鏡を掛け直しながらこみ上がってくる涙を誤魔化した。 「……そっか、また逃げられちゃったかあ」  褐色の肌とめずらしい瞳を持つ雛菊恵路(ひなぎく めぐる)も統華と同じ鮮やかな青いネクタイを着用している桔梗寮の新入生で入学式から統華にべったりくっついて行動していた。  その事が原因なのは明確で時おり、統華に逃げられるし、周囲も恵路の統華に対する執拗な行動には気づいて笑ったり、呆れたり、ひとつの道楽として有名になっていた。  棣棠(ていとう)歌劇学園では昼休み後の六限目は組単位での授業となり、全校生徒が学年学習棟から各寮の教室まで移動していく。  伊勢海老色のネクタイは薔薇寮、黄色のネクタイは向日葵(ひまわり)寮、琥珀(こはく)色のネクタイは百合寮だけど百合の生徒はいつも喋りながら歩いてるし、普通の会話でも漫才みたいになっているからネクタイを確認するよりも喋り方で分かる。  椿(つばき)寮は統華も恵路も入学式で見たっきり、会えていない――噂では椿寮の生徒は天才集団ゆえに少人数で寮棟の教室で事足りてるから学年学習棟には来なくて良いらしい。  そんな事を思いながら北校舎と東校舎の分岐点となる廊下を歩いている恵路は肩を叩かれてハッと息を吐く――琥珀色のネクタイを確認してから頭二つ分、つまり恵路が顎を上げて見ないと目が合わせられない上級生を仰ぐ。 「おっと、そんな身構えないで新入生の雛菊どの」 「あ、はい……。何の御用でしょうか結城紫蘭(ゆうき しらん)先輩……」  恵路は目の前で暑くもないのに木の香りがする扇子で扇ぐ結城紫蘭(ゆうき しらん)をフルネームで呼んだ。学則で目上の上級生徒を呼ぶときの礼儀と定められているからだったが紫蘭は不愉快そうに口をへの字に曲げて見せる。 「ボク、桔梗の寮棟に向かわないといけないので要件をおしえていただけませんか?」 「あー忘れるところやったわ、俺っち紫蘭(しらん)の弟である鳳牙(ほうが)が見当たらんのよぉ、ねぇ知らん? なんちゃって」  百合組の本科生(高等部)となれば某芸人スクールでも通用する喋りがあり、結城となれば次期寮長と名高いゆえに駄洒落を普段から披露するのは朝飯前といったところか。   恵路は珍しくも他人に頭を抱える。 「鳳牙くんは昼休みに入った時から見てないですよ。」  恵路の特性上、不意打ちの駄洒落には強いが反応が無くても結城の独特なエセ関西人を思わせる態度は変わるはずもない。 「そうかぁ、残念やわぁ……。ほんじゃ、引き止めて悪かったわ堪忍なぁ」  百合寮の有名人と話した時、決まって寮生からの視線が痛い。それはどの寮の有名人と話しても変わらずに嫉妬と憧憬が混じった視線が襲ってくる。 「ボクは話しかけられただけだし。」  誰に言うでもなく、うつむきながら床に言い聞かせて急ぎ足で東校舎の連絡通路を、結果走った――恐怖から逃れる時に分泌される一定のアドレナリンが心臓の苦しい鼓動を心地良く感じさせる。  そのまま階段を駆け降りて、外に出れば桔梗寮の建物が見えてくる。  上級生が雛菊に気づいて不服そうに見える無表情をできるだけ和らげながら、近づいてくる。  恵路は制服を正して額を伝う汗をハンカチで拭った。 「やっと来たか雛菊、ロビーに全員集まっているぞ。」 「すみません、お兄様」  恵路は改めて、短く切り揃えた髪を櫛で整え、眼鏡を拭き上げて扉を開けた。  高貴な紫を基調にしたクラッシックな桔梗寮棟のロビーには青紫の絨毯が敷かれた大階段があり、特級階級の生徒が階段を占領して、統華たち新入生はロビーに並べられたソファに座って、遅れてきた恵路をジッと見つめた。 「時間通りだね雛菊さん、さぁ空いてるところに行った行った」  桔梗の仮寮長である本科生二年の学生は手をヒラヒラとさせて恵路とそのを追いやって、再び腰を下ろすと階段上にいたふんわりとした羊羹(ようかん)と同じ髪色の上級生が一段ずつゆっくりと降りてくる。 「では、桔梗の授業を始めさせてもらうね。今日は、この僕、本科一年の徳一(とくいち)が進行させてもらうね」  王子様スマイルという代物を見せられた新入生達はざわざわと小声で歓喜に騒ぎはじめる。統華は正面の階段を見つめずに丁寧に飾られた花瓶に視線を移した。 「ねぇねぇ、あそこで話してるのは統華くんの兄弟制度(フラーテル)の相手だよね」 「だな。」  いつの間にか隣にいた恵路が耳元で話すから統華は耳が痒くなり、返答もいつもの数倍適当になる。 「不機嫌?」 「少し……」 「杜若寮生は穏やかに笑顔絶やさずがモットーだから、そんな風に眉間に皺寄せたら減点されるよ?」  不機嫌の原因が耳元で尚も話し続ける恵路に半分あるにも関わらず、それは伝わらない。  もう半分は寮生の前で堂々と進行する兄の徳一瑠夏に対する嫌悪感と自分の不甲斐なさへの苛つきだった。 「桔梗寮じゃなくて、薔薇組が良かった。」  入学式の日、憧れの門を堂々と駆け抜けた統華は寮分け発表で絶望感を味わい、加えて兄弟制度というお節介な制度により桔梗寮の次期寮長と名高い徳一瑠夏(とくいち るか)と兄弟になってしまい、第一声に放った言葉は徳一に届いて希望虚しく王子様スマイルをお見舞いされた思い出に寒気が走る。 「そんなこと言ったって、仕方ないよ……寮替えしたいなら三ヶ月しっかり学んで適正試験に合格するしかないよ」  恵路も徳一と同意見らしく、同じ事を統華に言ったが返ってくるのはため息のみ。  統華なりに寮替え試験の事は知ってるつもりではいたが、基礎学力はパスしたとしても演技力による審査には自信がない。  受験面談中に騎士道精神が伺える情熱的な演技を行う薔薇組への憧れを存分に語っておいて、統華は甘い演技を得意とする桔梗寮に入れられてしまった。
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