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 ここじゃなかった。  時間は22時を過ぎたあたり。天王洲アイルの複合施設にあるレストランの運河にせりだしたテラス席で、ひとりテーブルに座る私がいた。 (俺ここから見る、落ち着いた夜景にハマっててさ!)  その言葉が忘れられなくて、来てしまった。彼の家に手帳を忘れたのはわざとじゃない。本当に偶然だった。でも、もしかしたらと期待していた。その思いが奇跡を呼び、彼が私にチャンスをくれた。だからこそ、最後のチャンスだと思って天王洲まで来た。けれどまたしても、想いはすれ違ってしまった。  ワイングラスに残った赤い液体を見つめ、深い溜め息をついた。  東京湾の少し生ぬるい汐風が私の髪の間を通っていく。LED光の疑似ランタンの揺らめきは、私にもう時間が無いと催促しているようだ。  私は最後にスマホの画面を撫で何も変化がないことを悟ると、チェックの為に片手をあげて店員を呼んだ。  だいぶ前から彼と終わっていたのは間違いない。そうだとしたら、結局ここに来た意味は無かったかもしれない。  でも……ようやくこれで先に進むことができる。  グラスのワインを飲み干し、ふうと息を継いだ。運河の間を屋形船とクルーザーがすれ違い、お互いに水面に軌跡を描いていく。過剰にライトアップされた街灯の下で、黒い海が滑らかな絹のように盛り上がって、互いの波を打ち消しあい、消えていった。  私たちは終わってしまった。けれどこの光景は忘れない。  だってこれが、あなたが好きだと思っていた、私の信じた波形だから。 (東京 二人の波形。   おわり)
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