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 お台場海浜公園の人工の砂浜に座る俺。時間は22時。ライトアップされたレインボーブリッジが美し明滅を繰り返している。  スマホの明かりに照らされ、メッセンジャーの画面を開いたまま固まっている自分がいる。この前、連絡ができたのが奇跡だっていうくらい、いま俺の指は動かない。文字を打って「送信」をタップする。そんな簡単な作業がまったく出来ないのはなぜだろう。  彼女と別れたのは今年の夏だった。場所は港区立芝公園。数々のドラマで撮影スポットになっている名所だが、俺たちにとっては勤務地の近くの公園でしかなかった。  つきあって、同棲して、愛を育んだ。短い期間で燃え上がった炎が激しかったぶん、すれ違いで生じたお互いの意識の相違は大きな溝になった。よくランチを共にしたこの公園で話し合い、解決したかったけれど、無理だった。結局、最後はどなりあいの喧嘩になって終わった。ライトアップされた東京タワーを背景に、お互い反対方向に歩き去って行くシーンこそ、ドラマみたいだった。  恋愛という束縛から解き放たれた俺は、そのあとの一週間を自由に過ごした。何にも邪魔されず、自棄糞気味に仲間と飲み歩いた時間は、俺を最高にアップにした。けれど友人たちが去り、一人になった俺に訪れたのは途方も無い虚しさだだった。  ワンルームのリビングに座り、酔い醒ましのミネラルウォーターを飲み干す。ふっと息を吐いてテレビをつけてみても、意識は番組を観ていない。ちょっとでも気を抜くと、視線がテーブルの端に放置されたある物に引き寄せられている。あいつが激昂して出て行った日、忘れていった物。ピンクのペンホルダーが付いた手帳だった。
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