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3.
それだけ。それだけで通じると思ってた。だから敢えて詳しい場所を伝えなかった。こうして砂浜にあるベンチに座っていれば、彼女は来てくれると思っていた。
(わたし、ここから見る東京がいちばん好きなんだよね)
すでに一時間が過ぎている。約束にきっちりしているあいつが、何の理由もなしに遅れるわけがない。
「はは……」
俺は自虐的に笑った。何を期待しているんだ。そもそも約束すらしていなかった。言い出す度胸すらなかったくせに。
視界の大半を占める巨大なレインボーブリッジとそのライトアップ。客を乗せた屋形船や、ナイトクルーズを楽しむ客を乗せたクルーザーが、東京湾の夜の海に優しい波を立てる。
あいつが絶対に来ると思っていたこの夜景に賭けたんだけれど、駄目だったか……。
もう一度、彼女と直接会って、目を見て話せれば、やり直せるかも知れない。そう思って仕掛けた計画だったけれど。
そのゲームにも負けてしまった。もう仕方ない。けれどこれでいい。ようやく諦めがつく。
俺は砂まみれの椅子から立ち上がり、新橋に向かうゆりかもめが停車する駅へと歩いていく。けれど立ち止まり、最後にもう一度だけ振り向いて、静かな夜の海を見た。
あいつとの関係は消え去ったが、この思いは一生残るだろう。
それが、君が好きだと思っていた、僕の信じた波のかたち。
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