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モールのガーディアン
「亮さん、頑張って!」
「いつも通り始末してくださいよ!」
「お願いします! 三本木さん」
テナントが並ぶ一階フロアを駆ける亮太郎に声援を送るショッピングモールの従業員。
その数三十余名。
幸いにも客が誰もいない開店前にドゥームズデイが訪れ(客で溢れる昼間にドゥームズデイが起きていたなら、モール内は大混乱の坩堝になっていただろう)、亮太郎ら同様このショッピングモールという方舟に乗船出来た者達である。
テナントが並ぶ通りを抜け、二階へ続く大きな階段のある広間から食料品売り場に入ると、鮮魚コーナーの一員であった松井が緊張した面持ちで立っていた。
「どこ?」
亮太郎の問いにゴクリと喉仏を動かした松井が広大な食料品売り場へ目を動かす。
「惣菜売り場だったとこに二匹のキノコ型怪物。俺はここまで来れたけど、菅原と中野が来ないんだ」
菅原と中野とは松井と同じ大学に通う友人であり、職場仲間である。
いつもボーリングの自慢ばかりしているメガネ男が菅原で、サーフィンが趣味の褐色美女が中野、そういえばこの三人が今日の見回り役だったのを亮太郎は思い出した。
「俺は逃げろ!って言ったんだ。なのにあいつら付いてこなくて……」
「うん、松井さんは悪くないよ」
唇を震わせる松井に手の平を見せた亮太郎は装弾数四百参拾発の改造電動ガン、レシーライフルを構えると、薄暗い食料品売り場へ足を踏み入れた。
上下左右へ油断なく目をやりながら惣菜売り場へ向かう。
急に天井の照明が点いた、亮太郎の為に誰かが貴重な電源を入れたのだ。
それに感謝しながら何もない棚を曲がると、キノコ型怪物が二匹いた。
素早く今来た棚の陰に隠れた亮太郎がそっと様子を窺う。
おむすびみたいな三角形に大きな二つの目、への字の口という、配管工が飛んで跳ねるゲームに登場するザコキャラに似ているが、こうしてよく見ると踏まれてペコンと潰れるユルキャラとはまるで違っていた。
サイの皮膚を思わせるいかにも硬そうな三角形の体には禍々しいふたつの翼、大きい眼窩はまるで原始時代の洞穴を思わせる。
黄色い牙が覗くへの字口からは薄汚いヨダレがとろとろ流れていた。
床に転がるメガネ、そのすぐ側にあるうつ伏せの頭部に怪物の一匹が噛り付き、脳ミソを静かに吸っている。
もう一匹の怪物はといえば既に食事が終わったのか、公園のベンチを歩くカラスみたいに遺体の上を不器用に歩いていた。
そんな菅原を、恐怖の余り腰を抜かしたのであろう尻餅姿の中野が歯を鳴らしながら見詰めていた。
紺色のホットパンツの股間部分がお漏らしで変色している。
亮太郎は棚の脇からレシーライフルを構え、菅原の上で不格好に歩いている怪物に狙いを定めた。
(まずはこっちを向かせなきゃな)
引き金を引く。
モーターで圧縮された空気がBB弾を押し出し、銃口から勢い良く放たれた。
白くて丸いBB弾が真っ直ぐな軌道で怪物に命中する。
だが拳銃も歯が立たない体である、簡単に弾かれてしまった。
怪物が真っ黒な眼窩を亮太郎へ向けた。
それを待っていた亮太郎が銃のレイルに取り付けてあるふたつのLEDライトを照射した。
目に強烈な光を浴びせられた怪物が金属的な悲鳴を上げる。
それと同時に真っ暗な眼窩の真ん中に裂け目が出来た。
裂け目は大きく左右に広がり、青白く光る巨大な目が浮き上がった。
そこへ間髪入れず亮太郎がフルオート射撃で数十発のBB弾を撃ちこむ。
青白く光る巨大な目に幾つもの穴が開き、そこからぬるぬるした液体を噴き出しながら怪物は後ろ向きに倒れた。
強固な殻をまとっている怪物だが、目に強烈な光を照射すると殻の間から第二の目を出す。
その場所こそが怪物の弱点であるのだ。
亮太郎がそれに気付いたのはドゥームズデイから二週間後、部屋の窓に貼りつく小型の怪物にライトを当てたりしている内に気付いたのだった。
亮太郎がすばやくもう一匹の怪物に銃口を向ける。
怪物は中野の肩に留まっており、今まさに噛みつこうとしているところだった。
「ひっ! ひぃぃ!」
中野がピンクのシャツで隠れた乳房を震わせる。
「首を下げて!」
反射的に中野が首を下げた。
当てやすくなったところへ亮太郎はBB弾を数発怪物へ食らわせた。
くるりと向きを変えた怪物が甲高い雄叫びを亮太郎へ浴びせる。
「お? 怒った怒った」
レイルに取りつけてあるふたつのLEDライトをオンにする。
強烈な光を浴びた怪物が金属的な悲鳴を上げた。
亮太郎は開かれる第二の目を狙い引き金に指を掛けるが、怪物は中野の肩から落下して床に転がった。
「い、いやぁぁ~!」
中野が両足をバタバタさせて怪物から離れようとするが腰が抜けて思うように動けない。
そんな彼女に向き直った怪物が、キノコを食べると大きくなる配管工よろしく軽快なジャンプをすると、中野の顔面に張りついてしまった。
素早く中野の側に移動した亮太郎が足や銃床で怪物を離そうとするがビクともしない。
その内、フェイストゥーフェイスの部分から異様な音が鳴り始めた。
亮太郎はそれに聞き覚えがった。
ゼリー状のドリンクをストローで吸う音。
どうやら怪物は口の中から出した器官を中野の喉奥に伸ばし体液か何かを吸っている様であった。
中野が両手で怪物の硬い殻を掻き毟り、後ろから床に倒れた。
じゅるじゅるした音が、何かを貪る不気味な音に変わる。
亮太郎は見た、中野のお腹がみるみるしぼんでゆくのを。
「ちっきしょうがぁぁぁ!」
フェイストゥーフェイスの隙間に無理やり押し込んだ銃口の先を怪物へ向けると、ありったけのBB弾を叩き込んだ。
ふいに怪物が顔面から離れ、後ろに転がった。
後ろ向きに倒れて動かない怪物へ警戒しながら銃口を向ける。
青白く光っていた大きな目は穴だらけで、そこからぬるぬるした液体が流れ出てしまい、皺くちゃになっていた。
中野を見る。
白目を剥き、悲鳴を上げたままの形で固まっている口、ブラの形が浮き出たピンクのシャツはぴくりとも動かなかった。
(ちきしょう、これでふたり減ってしまった……それにしても、どこから怪物が侵入してくるんだ? 今度みんなで侵入経路を調べなきゃな)
亮太郎は重い足取りで食料品売り場を後にした。
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