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第一話
黄色いチューリップがほんのり赤くなった。
吸い込まれそうな黒い瞳の少年が、じっとこっちを見ている。
鹿島千早は足元のチューリップ達に「照れ屋さんだねえ」と微笑み、じょうろを手にしたままゆっくりと立ち上がった。
「君、さっきからずっと、花と喋ってたね」
新緑の朝に少年の声が、りん、と響く。
(見られちゃった)
知らない子だ。
一年生の千早より、頭ひとつ分、背が高い。
どう返事したらと迷った末、黙り込んでしまう。
「もしかして、パントマイムの練習? 君も、アクター?」
少年が助け船を出すように問うた。
あくたあ、言葉の意味が分からなくて、千早は首を振る。
「じゃあ、どうして? 話し掛けたって、花は喋らないよ」
「喋らないけど……」
チューリップが小さく揺れ、千早の膝小僧に優しく触れた。千早は赤くなりながら、声を絞り出す。
「か、感じるんだ」
「感じる?」
少年は怪訝そうに小首を傾げる。
「さっき、この黄色いチューリップ達が、一瞬赤くなった」
「赤くなんて、なってない。黄色いままだ」
「僕には、そう……感じたんだ」
元から小さい千早の声が、さらにしぼんでゆく。
花の気持ちが分かる、なんて言うと、周囲からはいつも「変な奴」と揶揄われたし、母親からは気味悪がられてさえいた。
「きっとね、君が素敵だから、チューリップ達、赤くなったんだよ」
付け加えたものの、恥ずかしくなってじょうろの持ち手を握りしめる。
「面白いこと言うね」
少年が、ふ、と微笑んだ。
「面白い……?」
今度は千早の方が目を丸くする。
「……気持ち悪く、ない?」
「うらやましい。俺も、花の気持ち、感じてみたい」
そんな風に言われたのは初めてだった。
胸がこと、と音を立て、弾む。
少年は同じ小学一年生で、久遠界と名乗った。
それからは、千早が花の世話をしていると、界も一緒に水やりを手伝ってくれるようになった。
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