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「漫研の田中くんのこと気になってるんだけど、ぜんぜん距離縮められないの」
ベッドに仰向けで寝転がりながら、スマホから聞こえる声に耳を傾ける。
ラインのグループ通話でだらだらと話していたら、いつの間にか恋愛相談へと移行していた。
グループとはいえ、通話の参加者は響子と愛美の二人だけ。恋愛経験の乏しい響子はなんて言葉をかけるか悩んでいた。
「ちょっと意外、接点とか合ったっけ?」
愛美の話はだいぶフィルターがかかっていた。響子がざっくりまとめると、委員会で困っているところを助けられたことがきっかけらしい。
委員会という共通点、接触回数が多く、単純接触効果が働いた結果好きになったんだろうと響子は勝手に決めつけていた。最近心理学にハマっているのである。
「恋愛心理学ってのあるんだけど興味ある?」
「えっ! なにそれめっちゃ気になるんだけど!」
「……ガーゲンの実験」
たっぷりとためを作って響子は言った。誰かに知識を披露するのはこの上ない快感がある。
「これはねアメリカの心理学者が行った実験で、面識のない男女のペアを――」
「それ知ってる」
語り始めようとする、響子の声を三人目の少女の声が割り込んだ。
「暗い部屋で実験するやつだね」
言葉尻を奪われた響子は主導権を取り戻そうとしたが叶わなかった。
一瞬の戸惑いでタイミングを失ってしまったのだ。そんな響子の内心を知ってか知らずか乱入者は続きを語り始める。
「真っ暗な部屋には男性がいて、最初は無言だった。
でも少ししたら男性は席を移動して会話を始めたんだ。普段明るいところじゃ話さないようなプライベートな話題が多かったらしい。
それがだんだんと盛り上がったのかスキンシップまでし始めちゃったわけ。しかもどんどん激しくなって男性の服が脱がされそうになった時、慌てて実験が止められたんだって」
響子はどこか違和感を感じたが原因はわからなかった。愛美へ教えてあげようとした内容と大差はない。
「えっちな話じゃん! でもめっちゃ効果ありそう~」
愛美は実験結果を聞いて笑っている。
「あはは、面白いよね。でもモニタで観察してた人はビビっただろうね。だってこの実験の目的は、"暗いところに一人で閉じ込められた時どんな反応を示すか"って趣旨なんだもん」
「え?」
声を出したのは響子か愛美か自分でもわからなかった。
「モニタで見てた人たちは焦ったと思うよ。ダレもいないのに楽しそうに喋りだして、その上スキンシップまでとってるんだから。男性はダレに服を脱がされそうになってたんだろね」
ひっと小さく悲鳴が通話先から漏れる。愛美の声だ。人一倍怖がりな愛美は、子供だましのような怖い話でさえ本気で怖がる。その日はもう夜中にトイレに行くことすらできなくなってしまうと言っていた。
響子は悪質さに怖さよりもふつふつと湧いてくる怒りが勝った。
「ちょっと! 悪ふざけにもほどがあるよ! 愛美がこういう話苦手なの知ってるでしょ!」
「……」
返事がない。
スマホの画面を確認する。通話への参加者は二人。すでに抜けたのだろうか?
否。
響子はようやく違和感の正体に気がついた。
グループラインの参加者は響子と愛美を含めて五人。そのうち三人は同じ部活で現在合宿の真っ最中である。スマホも使えないとぼやいていたのを思い出した。
響子が異常さを認識した途端、部屋の温度が下がる。
スマホからは愛美のしゃくりあげるような泣く声に混じり、くすくすと誰かの笑い声がしていた。
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