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第3話 精舎
会社に戻ったのは午前3時。和尚は70歳近い高齢者なので、もう寝てしまっている。カウンセラーの真鍋蓮実は日勤なので、すでに家に帰っている時間だ。俺と天馬、そして一休は住み込みで和尚の元にいる。うちの会社というのは、和尚が所有する寺のことだ。本堂から少し離れた精舎で仕事をし、寝泊まりしている。だから、そこで働く俺たちは僧侶ということになる。
しかし、それは表向きだ。寝泊まりさせてもらっている場所なので精舎と呼んでいるが、とりわけそこで修行するわけでもない。日中は略装用の黒い法衣を着て、境内を掃除して、僧侶のフリをしているだけだ。最近の僧侶は剃髪しない人もいるので、俺も天馬も坊主頭にしていない。一休だけ自らきっちりと五分刈りにしているので、まさに一休さん。それで一休と呼ぶなと言われても困る。
「おい、一休!」
畳の上で寝そべっている一休を、天馬は爪先で叩いた。
「おい!呑気に寝てんじゃねえよ。こっちが体張って仕事してんのによ!」
うたた寝をしていた一休は、不満そうな目をして体を起こした。
「劉弦さん、ご苦労様でした。カメラ、持ってきました?」
彼はそう言って、天馬と視線を合わさず、あからさまに無視して、俺にだけ労いの言葉をかけてきた。地団駄を踏む天馬を横目に、映像再生機ごと一休に渡した。
一休は映像再生機から小型カメラを取り出して、仏壇の扉を開けた。御本尊の頭を押すと、カチッ、と音がしてモーターの音が鳴った。その音とともに宮殿が上にスライドし、須弥壇が横に半回転する。裏側からモニターが出てくると、須弥壇の下の猫戸が開き、手前にスライドしてキーボードが出てきた。これが機械に詳しい一休が仏壇を改造したパソコンだ。スイッチが御本尊の仏像という罰当たりなことができるのは、仏を崇拝する気持ちがないのではないか。さして修行をしている身ではない俺が言えた義理はないが。
「俺は風呂入って、寝るぜ」
「どうぞ。天馬さん起きてても何も役に立たないですから」
一休は、背中を向けたまま作業に取り掛かり、また生意気を言う。天馬はその背中に被っていたニットキャップを投げつけた。それはツルリとした一休の頭に当たり、畳の上にふさりと落ちた。
「あ、劉弦もどうぞ先に寝ててください」
不貞腐れて風呂場へ向かう天馬を後目に、俺は起きてるよ、と一休に言った。
「すぐに終わるので大丈夫です。それに後ろにいられると、気が散ります」
その生意気な言動に、こちらは笑うしかない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
朝5時起床。
本堂、精舎、境内の掃除を終え、朝から参拝しにくる檀家さんと共に本堂で和尚のお経と説教を聞く。やっとの朝飯は、ゆるゆるのお粥としょっぱいのか甘いのかわからない動物の餌のようなおかずと汁。また、その後、座禅と説教。座禅中、鼾が聞こえ天馬が和尚に警策で叩かれる。俺も2、3時間しか寝てないためウトウトしていたが、その音で目が覚める。そして昼前のほんの30分が自由な時間となる。これが午前のルーティンだ。
その自由時間、俺は本堂の裏手の墓地へ向かう。檀家さんの豪華な墓石の隅の、小さな墓石の前で、俺は膝を着いて手を合わせる。これも日課だ。
「おい。蓮実が呼んでる。仕事の話だ」
俺が目を瞑って手を合わせていると、天馬に肩を叩かれた。
「依頼人は夕方に来るんじゃなかったか?」
「それとは別件らしい」
天馬はそう言うと、小さな墓石を見つめる。俺は立ち上がって、膝についた塵を払った。
この墓は蓮実の娘の墓だ。何もできない自分、日頃積み重ねてきた小さな罪をここで懺悔する。何がどう変わるわけでもないが、勝手に日課とさせてもらっている。顔も見たことがない毎日ここで拝まれても、墓の中の彼女にとってはいい迷惑だろう。
俺たちは蓮実の娘の墓を後に、本堂へ向かった。
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