お代がいらない空っぽキャンディ専門店

1/3
前へ
/3ページ
次へ
 それは春も終わりのうららかな日の事でした。  年度はじめの大型の連休という事もあり、この週末には多くの人でがありました。 「……」  やっと着いた、と言ったその人も例に漏れる事無く、住まいのある郊外を離れ、行楽スポットを多く抱える若葉の美しい緑が映える森にやってきました。  ところどころ三日月型に切った玉ねぎみたいな穴の開いた赤と灰色のジーンズに、赤いまだら模様のシャツという格好で、その人は身軽に歩いていました。ジーンズのポケットから、突っ込んだ紙幣が何枚か、ぐちゃぐちゃになって覗いています。 「……」 「キャンディ一つね。お代はもうもらってるからいらないよ」 「……」  あれ、そうでしたっけ。  その人は疑問符を浮かべましたが、森の入り口にある老人が一人で経営している小さなキャンディ専門店で買ったキャンディへ、すぐに意識を移しました。棒付きのキャンディです。キャンディは、さすが専門店、他では見ない独特な球形をしています。    その人は、まごつきながら真っ白な包装紙を滅茶苦茶に広げましたが、不思議な事に中身が入っていません。 「……」  どういう事だろう、とその人は棒だけになったキャンディをくるくると指で回し、仕方がないのでその棒を食べる事にしました。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加