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羽化
「ねえ、覚えてる?」
「うん。覚えてる」
暗闇の中で問いかけてきた声に私は答えた。
心がざわついて眠れない真夜中。
ワンルームのアパートの寝袋の中、私は久々にその声を聞いたのだ。
「あなたは、あの日、かなぶんだった」
「うん。私はあの日、かなぶんだった」
「でも」
「そう。でも、はじめ、私は私がなんだかわからなかったんだよ。何かの幼虫だってことはわかってたけど」
「厚い枯草の下だもんね。真っ暗」
「そう」
私はある時、暗闇の中で意識が芽生えたのだ。
気づけば暖かな枯葉に紛れ、私はうねうねと蠕動していた。そして、無心でベッド替わりでもある周りの枯葉を頬張っていた。
体に触れる柔らかな土と葉の感触。暖かさ。その香り。食べた時の芳しさ。
私の持っている感覚はそれが全てだった。
「でも」
「うん。でも、すごく幸せだったよ。今でもあそこに戻りたい」
「暖かな暗闇の中ね」
「素敵だった」
私の体にはおのずから何か仕込まれているらしかった。沢山食べて体が充実したある日、誰に指図されたわけでもないのに私は土の中に蛹を作り、丸くなってしばらくその中で寝ていた。
「で。起きたらさ、びっくり。私じゃないんだよ。体が私じゃない」
「ははは」
「人間がある日起きたらロボットになってるとしたら、あんな感じかな」
「いや。あいちゃん。それは違うんじゃない?それじゃ連続性がない」
「そうかなあ」
「ううんと、赤ちゃんがある日起きたら、立派な成人女性になってるとか?」
「あ。そっか。そんな感じか。いや、違うな」
「だね。違うね。もう、羽化、としか言えない現象だね」
「羽化ね」
「うかうかしてたら羽化しちゃったんだね」
「ぶ」
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