羽化

1/1
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ

羽化

「ねえ、覚えてる?」 「うん。覚えてる」 暗闇の中で問いかけてきた声に私は答えた。 心がざわついて眠れない真夜中。 ワンルームのアパートの寝袋の中、私は久々にその声を聞いたのだ。 「あなたは、あの日、かなぶんだった」 「うん。私はあの日、かなぶんだった」 「でも」 「そう。でも、はじめ、私は私がなんだかわからなかったんだよ。何かの幼虫だってことはわかってたけど」 「厚い枯草の下だもんね。真っ暗」 「そう」 私はある時、暗闇の中で意識が芽生えたのだ。 気づけば暖かな枯葉に紛れ、私はうねうねと蠕動していた。そして、無心でベッド替わりでもある周りの枯葉を頬張っていた。 体に触れる柔らかな土と葉の感触。暖かさ。その香り。食べた時の芳しさ。 私の持っている感覚はそれが全てだった。 「でも」 「うん。でも、すごく幸せだったよ。今でもあそこに戻りたい」 「暖かな暗闇の中ね」 「素敵だった」 私の体にはおのずから何か仕込まれているらしかった。沢山食べて体が充実したある日、誰に指図されたわけでもないのに私は土の中に蛹を作り、丸くなってしばらくその中で寝ていた。 「で。起きたらさ、びっくり。私じゃないんだよ。体が私じゃない」 「ははは」 「人間がある日起きたらロボットになってるとしたら、あんな感じかな」 「いや。あいちゃん。それは違うんじゃない?それじゃ連続性がない」 「そうかなあ」 「ううんと、赤ちゃんがある日起きたら、立派な成人女性になってるとか?」 「あ。そっか。そんな感じか。いや、違うな」 「だね。違うね。もう、羽化、としか言えない現象だね」 「羽化ね」 「うかうかしてたら羽化しちゃったんだね」 「ぶ」
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!