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ナンパ
部屋の端に立てかけた巨大なリュック以外何もないワンルームの部屋で、私はダウンのジャケットを着たまま極寒用の寝袋に入って、暗闇の声と対話を続けた。
「少しの間、そのまま枯葉の下で今までと同じように生活してたんだよね、私」
「そうそう。どんな感じだった?」
「ううん。なんかね、本番の前にいっぱい食っとかなきゃって」
「あはは。お相撲さんみたい」
「だって、他にすることないしさ。でも、もうすぐその日がくる。もうすぐ来るって、どきどきどきどき。毎日どきどき」
「ふふふ」
そして、私はある日、何かに導かれて枯葉を這い上がり、地上と言うものを初めて見たのだ。
「目、眩んだ」
「だよね。今まで真っ暗だったもんね」
「私に目があることをその時知ったよ」
「ああ。そっか」
「でね、こりゃすごいなって、世界ってこんなになってたのかってさ。今までいた世界と比べて、情報量が爆発的に違う」
「うんうん」
「地上のものたちは贅沢だよ」
「ははは。でも、今はあなた、人間でしょ。どうよ」
「ううん。そうだね。かなぶんだったころの気持ちの新鮮さを失っておるね」
「おるね、って」
「もっとこう、違うんだよね。私が人間でやりたいことは」
「ははは」
「だからさ。今、私は」
「うん。知ってる」
やがて私は、光に照らされた自らの体が鮮やかな緑色をしていることを知った。そして、背部をぶるんと震わせると体が宙に浮くことも覚えた。
「ははは。最高だった」
「よかったね」
「でもね。やっぱ、高い所はまだ怖くてさ」
「うん」
「少しだけ飛んで、何かの木にばしってつかまったら、すぐ横にかわいこちゃん。もう、のっけからラッキー」
「あ。そっか。あなた、あの時は雄だった」
「そうなんだぜい。ナンパしちまったぜい」
「あはは。ナンパなんて生易しいものじゃないね、あれは」
「人間の姿でやったら警察に捕まります。強制何とか罪」
「間違いない」
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