ナンパ

1/1
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ

ナンパ

部屋の端に立てかけた巨大なリュック以外何もないワンルームの部屋で、私はダウンのジャケットを着たまま極寒用の寝袋に入って、暗闇の声と対話を続けた。 「少しの間、そのまま枯葉の下で今までと同じように生活してたんだよね、私」 「そうそう。どんな感じだった?」 「ううん。なんかね、本番の前にいっぱい食っとかなきゃって」 「あはは。お相撲さんみたい」 「だって、他にすることないしさ。でも、もうすぐその日がくる。もうすぐ来るって、どきどきどきどき。毎日どきどき」 「ふふふ」 そして、私はある日、何かに導かれて枯葉を這い上がり、地上と言うものを初めて見たのだ。 「目、眩んだ」 「だよね。今まで真っ暗だったもんね」 「私に目があることをその時知ったよ」 「ああ。そっか」 「でね、こりゃすごいなって、世界ってこんなになってたのかってさ。今までいた世界と比べて、情報量が爆発的に違う」 「うんうん」 「地上のものたちは贅沢だよ」 「ははは。でも、今はあなた、人間でしょ。どうよ」 「ううん。そうだね。かなぶんだったころの気持ちの新鮮さを失っておるね」 「おるね、って」 「もっとこう、違うんだよね。私が人間でやりたいことは」 「ははは」 「だからさ。今、私は」 「うん。知ってる」 やがて私は、光に照らされた自らの体が鮮やかな緑色をしていることを知った。そして、背部をぶるんと震わせると体が宙に浮くことも覚えた。 「ははは。最高だった」 「よかったね」 「でもね。やっぱ、高い所はまだ怖くてさ」 「うん」 「少しだけ飛んで、何かの木にばしってつかまったら、すぐ横にかわいこちゃん。もう、のっけからラッキー」 「あ。そっか。あなた、あの時は雄だった」 「そうなんだぜい。ナンパしちまったぜい」 「あはは。ナンパなんて生易しいものじゃないね、あれは」 「人間の姿でやったら警察に捕まります。強制何とか罪」 「間違いない」
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!