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「おまえだってさ、アレだろ。購買でスマホ注意された時さぁ、ずっと海野の顔見てたろ」
「うん。見てた」
帰り道、お馴染みのスマホゲームのメンバーで校庭から続く暗い桜の木の下の道を歩いていた。
終了時刻のチャイムが鳴ったとは言っても、やはり校舎にはまだところどころ電気が灯っている。ちらちらと覗く教室の人影を一つ一つ見つめて、見知ったスーツ姿がないかと探す。
「やべえよおまえ。俺ふざけてんのかと思って馬鹿にしちゃった。悪かった」
「いいよ。別に」
「あいつとセックスしたいの?」
俺と直哉から少し遅れた後ろを歩いていた太彦が聞いてくる。
「うん。したい」
「やば。マジだ」
「三十五じゃね、あいつ。おばさんじゃね。けっこう」
「三十四だよ。若いよ」
すぐ近くの教室の窓が開いた。俺の言葉に大声で笑った直哉と太彦を見つけるなり、生徒指導のオザワが声を張って注意する。
「ゴラお前ら、いつまで駄弁っとんじゃ。時計見ろ時計。早よ帰って勉強しろ」
「スンマセーン」
黒目を上にしておちゃらける直哉が、そのまま視線を上に固定して動かなくなった。
わざとらしい硬直にいよいよオザワが怒鳴り声を上げようとした時、俺たちの頭上から女の声が降ってきた。
「コラ。何してんの、早く帰りなさい」
俺はみんなと同じように、三階の教室の窓から顔を出した人物を見上げた。オザワが窓から体を乗り出して上を見て、声を張り上げて言う。
「海野先生、コイツらね。体育の成績かなりヤバいんでビシッと言ってやっといてください」
「え、本当ですか。よく言っておきます」
「それからあのね、できれば一階も手伝っていただけると。一年のアホどもがね、落書きをするんですよ。そこかしこのポスターに」
「あ、わかりました。今行きます」
「え」とか「あ」とかが多い。テンパった時の癖。
胸が窓の格子に押し付けられてブラウスに皺ができていた。
笑顔は極上品。
「おい。行こうぜ」
太彦が俺と直哉の背中を押した。気が付けば教師二人はおそらく今現在校舎内で行われているであろう「簡易大清掃」の苦労話に花を咲かせている。オザワが話して、海野先生が受ける。肩まである髪が風に靡いて寒そうだ。
「先生」
声を張り上げると、二人の「先生」が俺に注目する。こっそりその場を去ろうとしていた二人が、教師二人の目がまたこちらを向くのを危惧して、後ろから俺の肩をつついた。
「先生。さよなら」
二階の窓を見上げる俺に海野先生はひらりと手を振った。その下の下の教室のオザワが「俺は」と自分を指差している。
桜並木の下を跳ねるように駆け出す。
後ろで直哉か太彦かのどっちかが「アホ」と言った。
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