1.お一人さま

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「イヤ参りますねまったく、Fの男子には」 小沢先生が言った。声が大きいので職員室全体にドカンと響く。だけどここにいるのはもう私と小沢先生の二人と、もっと奥のほうに教頭先生がポツンといらっしゃるだけなので、大声を窘める必要性は特にない。 「スミマセン。授業でもご迷惑をお掛けしてたなんて。知らなくて……」 「いやいや元気すぎるってだけでね。基本深刻な問題にはならないんでね。マアでも今日なんて、Fの男子だけ最後帰って来なかったんですよ。ワタシの集合号令を無視してどこにいたと思います。海野先生」 小沢先生は隣から私の方へズイッと身を乗り出して椅子の背もたれをギシギシいわせた。この人の癖だ。嫌がる女性教師もいるけどそのほとんどは二十代の若い人で、三十を超えた辺りからこんなことを気にする女性は学校という場にはほとんどいない。むしろ教師よりも、生徒で気にする子のほうがいるかもしれない。 「どこにいたんですか」 「プール」 「……プール?」 「水面にアメンボを探してたんですよ。もう阿呆らしくて怒らなかったんです。勉強はできるんですがね、Fの男子って特に。ただちょっとね、成績良けりゃ何にしても許されんだろ的な風潮はありますよね」 F組、つまり私の受け持つクラスは理系クラスだ。 この学校の第二学年には1組から5組、A組からF組まで存在していて、数字のクラスは一類、アルファベットのほうはEとFが特別選抜クラス(いわゆる「特選」)、他は二類と呼ばれて区別される。 言ってしまえば学力による振り分けで、成績は上から数えて特選、二類、最後に一類が来る。入学時に振り分けられて基本そのまま卒業までの三年間を同じ学力クラスで過ごすが(学力クラス内でのクラス替えは存在する。例えば1組→5組→4組など)、進級時の学力測定で、在籍する学力クラス以上の成績を取った生徒については学年成績委員会の審議にかけられ、簡単な条件を満たした場合のみクラス昇進が認められるのだ。 「そうなんです。教室でもやっぱり男子がうるさくて、なかなか指示が通りにくいんですよ。手を焼きますね」 「そうでしょ、何かあったら言ってくださいよ、本当に!やっぱり女性教師さんは力が要る時なんかは限度がありますからね。あ、今のはアウトかな。アウトですか?教頭ー」 しばらく沈黙が続いたのち「いいんじゃないですかねぇ」と、蚊の鳴くような間延びした声が返ってきた。顔を見合わせて小沢先生と笑い合う。 「聞いてらっしゃいますね。会話」 「そりゃ提案したのは教頭でしたからね。珍しく意見を出したということでご自身でも気合入ってるんでしょ。まあほとんど無理矢理校長に促されての発言でしたけれどもね」 先日の職員会議では、教頭が提出した男女平等参画関連の提案についての議論が行われた。 具体的な内容は、教師間での性差意識を高めるというもの。端的に言えば男女間でのセクハラやパワハラの予防策。異性との距離が同性とのものと大して変わらない小沢先生は真っ先に目を付けられているらしい。
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