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【世界の始まり】
ーー生きるってなんだ?
ソレは問いかけてきた。私は答えを知らないので、口を閉ざしたまま、ソレが再び問いかけてくるのを待つしかない。
ーー死ぬって、なんだ?
これも私は解を知らない。だから答えない。いや答えられない。
ーー時間とは、なんだ?
これもやはり私は知らないので沈黙を守る。
何と聞かれれば、何と答えられなくなるモノはこの世に多いようだ。それくらい当たり前というベールで命題を埋もれさせているのか。
するとソレは、ニヒルな調子で私の脳に語りかけてくる。
ーー君は何も知らないんだな。どうして答えようとしないのだ。答えを知らないからか、それとも答えを言いたくないからか、もしくは該当言語がないか……?
私は目を俯かせる。なぜなら、その意味がよく分からなかったから。私はこうして逃げる。いつもいつも、逃げる。
ーーでは問おう。溶けない氷があるなら、それをどう使う?
あまりに唐突な、そして滑稽な質問だ。
私は、あって無い頭で想像を膨らませ、こう答えた。
「もしあるなら、それは氷じゃない何かだと思います。だから使い道は分かりません」
ーーそうだな。
なら使い道を考えればいい。氷じゃない何かと思うなら、それで何が出来るのか。
冷却のためか、保温保存のためか、あるいは削って武器にするか、はたまた信仰対象にするか……考えろ、どうすればその何かが面白く、そして魅力的に見えるのか。
「魅力的……?」
ーーそうだ。想像出来得る範疇に蔓延る既成概念は、結局全て一点に帰結する。
では、オリジナルになるには、その頭で一を生み出すことが必要不可欠。
さっき言ったことを思い出せ。生きるとは何か。生きるとは……呼吸をしているからか? 目が見えているからか? 動いているからか?
違う。そこにいるという自覚があるからだ。死後の世界でもそこにいるという自覚があれば、生きていると言えるし、無ければそれは虚無と表現出来得るだろう。
大切なのは自分自身が、ある命題にどう答えを結びつけていくか。
望む世界を自分で生み出すことができるのがこの世界なんだ。
どう生きたいか、考えてみろ。どんな世界がいい? きっとその先に答えはある。そしてそれは、他を魅了するだろう。
「どんな……世界……」
この時私の中で、カチッと何かが音を立てた。
それはきっと、社会や世間の網に囚われていた自分が抜け出て、自分の存在を知らしめるように心の部屋に明かりをつけた音だろう。
その後、私は取り憑かれたように物語を書き始めた。寝る間を惜しむという表現は適当では無いが、それに似たものであった。
そうして書き上げたものは、ここではないどこかにある不思議な世界。
色を食べて、光を吸い込む……そして草木は光を生み出し、海は空を飛ぶ。世界消滅後に生まれた虹に囲まれる島で消滅現象から生き延びた名もなき少女の、物語だ。
そしてそれは、後に私の処女作として世に出ることとなった。
タイトルは、それと私のいる世界ーー
ひとは外の世界を受容するだけのレセプターではない。内にある秘めた世界をアウトプットすることもできる存在だ。そう感じさせられた。
ところであの時聞いた声は、もしかしたら未来の私なのだろうか……ソレは未だに分からない。
でも分かることは一つだけある。
知らない答えを探しに行くことは、これ即ち未来を切り開くことであるということ。そしてそれこそが、自分という名の誰かを発現させることへの近道であるのだ。
こうして私は、物書きという命題に悩まされたが、それによって自分を獲得することができた。
さて、きっとソレは私の中のどこかで、世界を観測しているのだろう。今も。
私と世界の唯一の道標としてーー
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