埼玉産ヘヴィーメタルチェリーボーイの一日

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<午前八時> 「くっそぉ……モテないからせめて優雅にお茶しようと思ったのに……」 コインランドリーから帰ってきた男は、顔を洗い髭を剃りながらつぶやいた。 「いいもん、どうせモテないもん」 乾燥したてのふかふかタオルに顔を埋める。美女のおっぱいにそうしたいところだが、モテない鋼鉄之童貞には無理な話であった。タピオカ柄のパンツを履き、新しいTシャツとカーゴパンツに着替えてパーカーを羽織る。  数ヶ月前のことだ。彼の自宅最寄りである新所沢駅の隣・航空公園駅からすぐのところに、台湾風の甘味「豆花」を出すカフェが出来た。「J Smile Cafe」という、小さくて素朴なカフェである。朝の八時から開いており、モーニング限定で台湾風の朝食が出るのを思い出し、男は足を運ぶことにした。  朝のJ Smile Cafeは穏やかな空気に包まれていた。J-POPが流れる店内に入り、カウンターで豆花のドリンクセットと台湾風の朝食「シェントウジャン」、シェントウジャンにつける揚げパン「油条」を注文する。セットドリンクのアイスジャスミン茶が乗ったトレイを受け取り、男は店内奥へと向かった。  奥の二人掛けテーブル席が彼のお気に入りであった。壁にさえぎられ、入口や外からは見えない落ち着く席である。壁に貼られたシェントウジャンの説明や豆花の説明を眺めながら待つこと数分、出てきた豆花に、極道顔が笑みでゆるんだ。危うく通報されるところであった。  豆花とは、豆乳をでんぷんなどで固め様々なトッピングを乗せた、台湾の伝統的な甘味であるという。ぷるぷるとした触感は女性のおっぱいを思わせ、台湾女性は豆乳をよく摂るゆえ巨乳が多いという胡散臭い情報を思い出し妄想が広がった。横浜中華街のSoy Cafeが閉店して以来、しばらく食べていなかったので、まさかの近所に出来て嬉しい男である。  今日のトッピングはタピオカ、白玉、愛玉ゼリー、仙草ゼリー、ピーナッツ、ミックスベリー、水わらびであった。黒いタピオカと赤いミックスベリーは、見ようによってはツヤツヤとグロテスクで、デスメタルやブラックメタルを思わせる。一番のお気に入りであるピーナッツも乗っており、男はウキウキと舌鼓を打った。  豆花を少し食べた頃、作りたてのシェントウジャンが運ばれてきた。温かい豆乳に黒酢やごま油などを加えた、食欲をそそる香りのスープである。豆乳が酢に反応してふわふわと固まるので、つけあわせの揚げパン「油条」と一緒に食べれば、見た目以上のボリュームであった。ごま油の香りと、ザーサイやパクチー、干し海老の味が異国情緒たっぷりである。  いつか、彼女一と緒にこの朝ごはんを食べたいなあ。  向かいの席に座った、蓮の花を思わせる妄想上の彼女(巨乳)が、優しく微笑んだ。
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