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<二〇二一年四月二十五日 日曜日>
<午前六時>
デスメタル童貞の朝は早い。
埼玉県民の植民地・東京都池袋から電車で四十分。所沢駅の二駅隣・新所沢駅から徒歩十分ほどのアパートで、とある男がいつもより早く目を覚ました。
「んわあああ……」
この男、童貞である。
苦節三十●年、生まれてこの方彼女なし。雨の日も風の日も、健やかなるときも病めるときも、全くモテずに生きてきた。おまけに何故か弁髪、頭の前半分がハゲで後ろ半分が三つ編みという珍妙な髪型である。更に野獣顔の顔面凶器で大柄なマッチョという、通報してくださいと言わんばかりの外見であった。ロゴが読めないバンドTシャツとくたびれたジャージがよく似合う。
地元のスナックでセット料金のみで粘るヤクザのような彼だが、極道でもヒットマンでもなくバンドマンである。所沢市内にある運送会社の営業所で(この外見のくせに)事務職をしながら、エクストリームメタルバンドのベーシストをしているのだ。もう一度言うが事務職である。お客様のお子さんに「出たな悪者め!」と成敗されたり、クレーマーが大人しくなる外見だが、お客様応対もこなす事務職なのである。
「今朝は何にしようかなあ……」
男はシンク下の収納から、チャカやドスではなくガラスの急須とティーカップを取り出した。野獣顔に似合わぬ華やかな茶器だ。ワンカップ酒の方がよほど似合いそうである。ローテーブルに茶器をそっと置き、あぐらをかいた彼は、テーブル下から茶葉の缶を取り出した。
「お、あと少しでなくなるな。サングマにするか」
秋摘みダージリン紅茶を淹れる弁髪の顔面凶器。どう見ても極道かチャイニーズマフィアである。高級紅茶がまるで違法な葉っぱだ。急須の中で舞う茶葉を眺める目は、鋭いようで意外と優しいが。浅黒い横顔も、市川●老蔵に似ていなくもない。
金彩が施されたティーカップに注がれた紅茶は、東洋の美女を思わせる艶めかしい褐色をしていた。そこに違法な白い粉、ではなく、乳白色が美しい砂糖を少しだけ入れ口づける。少し厚めの唇がティーカップに触れる様は、豊かな睫毛にふち取られた目が閉じられる様は、男の色香が感じら……
『セックス! セックス! セックス・アンダー・ザ・ムーン!』
爆音で鳴る目覚ましアラームに、男は紅茶を盛大に吹いた。
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