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 垂れこめた雲。手を伸ばせば、届くと錯覚させるほどに。雪でも降るのか? 思わせる鉛色。街灯に明かりが点る。行き交う車は、ヘッドライトを点けていた。吹き抜ける風は、生暖かい。雪が降るには、無理がある。無音を楽しむ雪をあきらめる。  長い黒髪をゆらし、左の柱時計に目を向けた。長針は、もう少しで、十二を示す。短針は、二を。柱の下。机の上の置き時計に、視線を転じる。デジタルが表示する。数字には、目もくれず。脇に出ている英語。午後を知らせているのを確認する。おやつを取るには、少しばかり早い時間帯。昼間というのに、薄暗い。今日なら、うまくいく気がした。 「さあ、実験を始めようか」  楠本(くすもと)ナオは、声に出す。緊張を伴った。自分を励ます。手をついていた、窓枠を押す。黒い袖には、灰色の埃が付いたが、気にしない。身をひるがえす。艶のない黒い生地でできた、ワンピースの裾が揺れる。歩を進めるたびに、床がきしむ。艶もヒールもない、黒い革靴。尖った爪先が蹴る。白い棒状の……チョークを。  しゃがんで、手にする。木の床に描き出す。真ん中から、外側へ、と。一心不乱に。足が疲れてきた。服が汚れるのもかまわずに、膝をつく。最後に、円で囲う。両手と両膝を使い、一歩分、後ろに下がる。チョークを脇に置く。ナオは立ち上がった。手をこすり合わせるようにして、粉を払う。服の裾に付いた粉は、手の甲で。 「できた」  感情を落としてきたような、平坦な声。ナオは模様を眺めやる。昼間の太陽を図案化したものを、右半分に。月を図案化したものを、左半分に描いた。 「私の部屋に入ってきた生き霊のすべてを代償に支払い、召喚する!」  緊張は頂点に達した。とりあえず、ナオは自分を落ち着かせることを優先する。深く息を吸う。細く長く吐く。声を張って、一気に言う。望みを。生き霊が、生け贄……供物として、有効なのか。はなはだ、疑問なのだが。息を出し切った。苦しくて、酸素を取り込む。  固唾を飲んで、ナオは見守る。召喚のための模様を。再び、息を吸う。刻々と時間だけが過ぎていく。  柱時計が知らせる。次の時間を。今回もダメか。ナオはがっかりする。
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