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鼻先を擽る、甘い蜜の香り。
眼下の季節は、辺り一面の闇。
それらは、当たり前の真実ですら闇に葬っていく________________________________
とある刻、とある國にて。
上も下もハッキリとしないような、そんな真っ暗な箱が存在していた。その空間は、地面があるのかすらわからないくらいに、抽象的で視界には闇が広がっていた。そして、その中心を貫くように眩い光の柱が形成されている。その光の柱のお陰で、唯一その周りで起きていることは、認識ができるような感じだった。
そんな空間に、足取りは朧げながら、ふらふらと吸い寄せられてく人々。老若男女問わず、その存在は確かではない。
「……」
私はというと、世界の外にいた。
もう少し詳しくいうと、私は何故かその光の干渉を受けないようだった。
目の前にはみえない壁みたいなものが存在していて、どうにも前に進むことが出来ない。自らの視界にはなにもないように写っていたが、確かにその場所には何かが存在しており、自分と光の柱がある空間とを断絶しているのだった。
私はというと、右手に硬い筆記物を持ちながら椅子に座り、何かを書いているようだった。それは、この世界で目覚めたとき、気が付けばやっていたことなので私自身も実はよくわかっていなかった。
「今日は、成仏が二人かぁ……」
「いつもより少なかったわ」
勝手に口から吐き出される単語も、わけのわからないものばかりだった。
こんなにも、毎日、毎日、視界を奪われて生活していると、その微妙な認識のずれと、この世界の不可解さに軽く吐き気すらしてくる。
「あぁ、早く帰りたいわ」
全く、どこに帰りたいというのだろう。
「ホントよね、ここは退屈」
一体、誰にむかって話しかけているの?
あなたは、私の中の誰?
わけがわからなくなり、頭を抱える。
頭の中でも声が響いて、どれが自分の声か分からなくなった。
途方もない世界の圧力に押しつぶされそうになりながら、俯き加減で終わりを待つ。
「ぁ、はっ……」
額の不快感が著しかった。
だらだらと、汗腺を通して液体が流れ、いつのまにか体中を覆っていた。
本当に不安なことがあると、人間はなにも言えなくなる。
一部ではそんなことも言われたりするが、案外本当のことらしい。
私は、あまりの空腹と、気持ち悪さと、意識の虚ろさに無意識に体を地面に傾けていた。そして、そのまま吸い込まれるようにして崩れ落ちた。
私は、瞼を閉じた(感覚)のまま、ぼんやりとその場に浮いていた。
人の声が聞こえてきて、私はそこから運び出される。
がやがや、と複数の話声が聞こえる。
勿論、その声の主がどんな姿をしているのか。
どんな瞳をしていて、その瞳はどれくらいまっすぐなのか?
そして、その人は果たして人間なのか……
私にはそんなことすら、わからなかった。
無事外に運び出されたのだろう。酸素が少しだけ濃くなったような気がして、身体が軽くなったような感覚を覚える。感覚的な瞼の裏に、七色の色彩がうつって、体の周りを温かい風が吹き抜けていく。
「お疲れ様です、今日の業務は終わり」
「安心して、おやすみなさい」
どこからか、そんな声が聞こえ、そのとき始めて肩の力が抜ける。
そして、私はそのまま眠りの世界へと落ちていった。
*
気が付けば、世界が青く色づいていた。
どこまでも続く地平線に、水鏡が敷かれていた。
どこからも弊害を受けない太陽が、水面に反射して虹彩の奥に焼き付いて痛い。
ここは、どこだろう……と思った。
私がいつもいる場所とは違って、どこか温かみがあって美しい。
澄んだ空気を、喉が渇いたときのように飲み干すと、信じられないくらい体が軽くなり、体に力が湧き上がってくるのを感じた。
(あぁ、気持ちがいい)
いつもよりひんやりとした空気感も、それをキュッと締めるような心地よさも。私がこの世界にいたい、となんの気もなしに思うのには充分だった。
私は、青緑色の水で満たされた床を掻き分けて進みながら、この世界の心理を探した。
*
しばらく歩くと、大きなヤシの木や熱帯植物が生い茂る場所に出た。
周りには丘があり、黄色い砂が至るところに敷き詰められていた。
そこは、熱帯の島国というよりは、どちらかというと内地の砂漠と、熱帯のジャングルとが混ざったような場所で、とにかく不思議な場所だった。
私は、その中をひたすら進む。
そうしていると、私は、ヤシの木が両側に立っていて、道みたいになっている場所にでた。よく見ると、奥には噴水のような泉が存在していて、中からは花の甘いいい香りがしてくる。私は、その空間に吸い寄せられるように入っていった。
「ここは、どこですか?」
私は、もう一度誰かに向かって呼びかけた。
すると、目の前で飛沫を上げていた泉が止まり、中から声が聞こえてきた。
「辿り着いたのね」
どこか弾むようなその声は、私が来たと知るなりそう言って笑う。
そして、彼女は、
「あなたに振舞いたいものがあるの」
「わたしの言う通りにしてくれるかしら?」
と言うと、更に私に泉の前に立つようにいった。
私はなんのことだかわからなかったが、とりあえず彼女のいう通り、泉の前に立ち、彼女がなにか言うのを待った。
「ちょっと、待っててね」
彼女は、私が指示通り泉の前に立つと、そう言った。
しばらくすると、先程まで静かだった泉がぼこぼこと泡立ち、中からなにやらフルーツが沢山入った籠が出てきた。
それが、出てくると自分に対し、彼女は好きに食べていいと言った。
私は、流石に悪いと思ったので、彼女の申し出を一回断った。
「これが、人間界でのお見舞いの常識なんでしょう?」
すると、彼女は変わらない口調でそう言いながら、ふふっと笑う。
あなたには、お見舞いを受ける価値があるんだから。
遠慮せずに食べなさい。
そう言われて、私はなんの心当たりもなかったが、これ以上断るのも悪いと思い、正直に受け取ることにした。
「ありがとうございます」
そう言って、籠を受け取った。
中には色とりどりの果物が入っていたが、中には見たことのないようなものもあった。私は、その中からとりあえず、ぶどうらしきものを一房取り、泉の縁に置いた。
「そう、それでいいのよ」
そんな私を見て、彼女は微笑むと、今から話をすると言った。
少し長くなるかもしれないから、果物を片手に食べるといいわ。
彼女は、私に向かってそうとまで言った。
私は静かに頷く。
そして、先程のぶどうから一粒ねじって、手に取った。
彼女は、それを確認すると話を始めた。
「これからする話はね、ちょっと重い話になるから聞いて欲しいの」
思ったより、彼女の声が神妙だったので思わず身構えてしまう。
そんな私に対し、彼女は笑いながら、そんなに身構えなくてもいいのよ……という。その穏やかな声色に、不思議と肩の力が抜けていくのがわかった。
「大丈夫、ゆっくりいきましょうか」
「まずは、そのぶどうを……そうねひと粒口に入れて」
言われたとおり、口の中に放り込むと淡い甘味が口の中を支配する。
それと同時に、言い知れぬ多幸感が体全体に染み渡り、温かみと幸福感に包まれたような感覚になる。それは、言うならば、今なら、なにをいわれても大丈夫と思えるくらい、強烈なものだった。
「あったかい……なんか、ふわふわしてる」
思わず私が声に出すと、彼女はそうでしょ?という。
困ったときはこれを食べなさい、そういう彼女。
私はその教えに、何も考えず、ただ頷いていた。
「じゃあ、始めるわね」
「この世界のこと、そしてあなたの世界のこと」
「今から、全部話すわ」
そういって、彼女は話し始めた。
私は、ただその声音に耳を澄ませながら。
いつの間にか、またひとときの眠りについていた。
*
起きたら、またいつもと同じ世界にいた。
真っ暗で、何も見えなくて、唯一目視できるのは真ん中の眩い光と、ゆらゆらと走馬灯のように揺れる人間もどきだけだった。
「っ……っは……」
気が付けば、私は泣いていた。
目には見えないけれど、瞳があろう場所から、涙がぽろぽろと零れ落ちていた。
それは、拭っても、拭っても決して消えてはくれない。
私は、夢の中でみたあの女の話から、今までのことを全て思いだしていた。
今日もいつものように、中心に引き寄せられる人間たちの秘密も。
この暗闇の世界の常識や、節理も。
そして、さっきまでいた世界がどういう世界かということも。
私は、全部わかってしまったのだった。
「これから、どうしたらいいの?」
私は、いつもの世界の片隅でしくしくと泣いていた。
同じ椅子、同じ筆記用具を持ち、同じく何かを書いている。
いつもは抵抗せず、なんとなくやっていることが、今日はどうしようもなく
もどかしく思えてしまっていた。
いつものように、隣に係りの人が来る。
私は、同じように文具を受け取り仕事を始めた。
だけど、本当にそれでいいんだろうか?
私は、彼女から聞いた話と、思いだしてしまった動揺にひとり葛藤していた。
腕が震えて、上手く文字が書けなかった。
「どうしたら……」
今日は全く仕事をする気になれなかった。
目の前を行きかう人々も、真実を知ってしまった今、恐怖の対象でしかなくなっていた。なんとか、震える腕を押さえつけて文字を書こうとするが、それらは全てみるに堪えない程、ガタガタでまるで読めないといったものへと変貌していた。
涙はとまる気配がない。
次から次へと溢れてきては、私の顔を濡らした。
そして、泣きながら……先ほどの夢の中での出来事を思い返していた。
*
「あなたは、既に死んでいるの」
いきなり告げられた衝撃の事実。
言霊の威力が全体重をかけて襲い掛かって来て、そのとき私は拳を握りしめた。そして、なにもいわないままぶどうを一口突っ込む。
少しの多幸感。
でも、またそれも少しすると薄れていく。
「ど、どういうことでしょうか?」
いきなりの言葉が信じられなくて食い気味に、言葉を発する。
震える私に、彼女はそっと言葉をかける。
「災害だったかしら……」
「多くの人がなくなったのよね」
彼女はそう言い、私の目の前に大きなモニターのようなものを出した。
「これを、見てほしいの」
彼女がいうと、誰が操作したわけでもないのに、モニターがパッとつく。
そこには、とある日の映像が映し出されていた。
「あなたなら、思い出すと思うんだけど」
私は、その画面をみた瞬間、体を凍り付かせた。
その光景は、何千、何百と頭の中に浮かんではピッタリとこびりついた私の記憶そのものだったのだった。
人が飲み込まれていく。
ありえないスピードで、溺れていく。
そして、それを、私は高い高い電波塔の上から見下ろしていた。
「あ、あぁ……」
勿論、そのときの彼女の言葉なんて耳に入っていない。
思いだすのは、地球全体を襲った大津波の記憶だった。
そして、その最中、友達や家族を助けられなかった記憶。
「やめて、ください……ほんとうに、もう」
私は、いつの間にか泣いていた。
頭が締め付けられているみたいに苦しく、もう嫌だという感情でいっぱいになる。まさか、とは思ったが、死んでまで苦しむと思わなかった。
そんな私に、無い筈の手がそっと差し伸べられる。
それは、私の背中をそっとさする程度の、温かい手。
「みたくなかった」
「こんなの、思いだしてなんになるんですか」
私は、咄嗟に出た感情を吐露する。
今まで消していた感情が、一気に大波のごとく押し迫ってきただけでも辛いのに、あんな映像をみさせられるなんて。
私は、もうなにもかもが嫌になり、体育座りの姿勢になり、そのまま俯いてしまった。その隣に、人が座る気配がする。
おそらく、例の彼女だろうか。
私は、何も考えたくなくてそっぽを向いた。
そんな私に対して、ただ隣にいて何も話さない彼女。
そして、彼女はただ私の頭を撫でる。
「ごめんなさいね」
あなたにとって、辛いことはわかっていたの。
本当に、ごめんなさい……そういいながら頭を撫でる手は温かい。
私は、その手に安心して余計に泣いてしまった。
「ほんとだよ、ホントに……」
「死んだら、楽になれると思ったのに……」
出てくる言葉は、全てが重すぎた。
そんなことは、わかっていた。
そして、本来なら人前でする話ではないことも……
そのまま、泣きじゃくる私に。
彼女は、ずっと肩を抱いていてくれた。
本来なら話さなければならないような辛い話や。
あのとき、あのころの詳しい話。
そういうのは全部置いておいて……
ひたすらに、声を枯らすまで叫び続けた。
*
「全部、思いだしているんでしょう?」
そういう彼女に、こくりと頷く。
彼女は、それなら話は早い、と言い、私を泉の前へと再び誘導した。
そして、泉を指さして、いう。
「全部、吐き出してしまいなさい」
「なにもかも、辛かったこと全部吐き出しなさい」
そうしたら、楽になれるから。
そう言われて、私は泉を覗き込む。
その泉は深く、何処までも透き通っていた。
まるで、世俗の穢れなんて知らないかのように。
その奥は、静まりかえっていて、まるで空洞かのようだった。
正直、泉を覗き込んだ瞬間、今すぐに吐いてしまおうと思った。
だけど、何かが喉の奥につっかえたようになり、なかなか踏み出せない。
何故かはわからないが、怖いという感情が胸に渦巻いていた。
「これ、吐き出したらどうなるんですか?」
だから、私はおそるおそる尋ねる。
ひよっている私を前に、少し遅れて声が聞こえてくる。
「成仏……できるのよ」
真っ直ぐな声、に聞こえてその声には迷いがあった。私は、その違和感を無視しようとも思った。
けれど、どうしても無視できなかった。
「本当は、どうなんですか?」
声を震わせてもう一度聞く。
今度はなかなか返事が返ってこなかった。
なにかに、迷っているようだった。
私は、なかなか答えない声の主に痺れを切らして、問い詰めた。
「お願いします、どうか本当のことを教えてください」
そうして、本当に真剣に頼み込むと、彼女は溜息混じりにいった。
本当に、真実を話してもいいのか?と。
私は、頷く。
すると、諦めたのか彼女は口を開いた。
「まずね、成仏できるのはホントよ……」
「でもね、全部消えてしまうの……」
”あなたの記憶が”
*
それを聞いた瞬間、私は走り出していた。
泉のある部屋を出て、ヤシの木のある道を通り、ひたすら走った。
しばらく走ると、熱帯雨林のように鬱蒼と茂っていた木々が消え、辺りに水面が現れる。永遠に続くようにみえるそれは、まさしく自分が元いた場所に戻ってきたという証だった。
「ハァハァ……」
私は、暫く辺りを見渡し、無事戻ってきたことを確認すると、安心感からその場に倒れ込んでしまった。浅い湖に体ごと投げ出すと、全身に水がいきわたるようで、生き返るような心地すらした。
「私は、どうしたらいいんだろう」
……
あれから、おそらく数日が過ぎた。
私は、何も決心がついていないから、成仏できないのだそうだ。だから、毎日へんてこな椅子に座り、死者の監視という作業をさせられているらしい。
そう、あの人は話していた。
そんな私が選ぶ道は、二つ。
一つ目は、記憶を消して、あの人たちと同じく生まれ変わること。
そして、もう一つは……死の直前から私自身の人生をやり直すことらしい。
何故なら、私は周りと同じように災害で死んだわけではなかったかららしい。
失意の上の、自殺。建物から飛び降りて、死んだのだそうだ。
だからこそ、もう一度やりなおす必要があるという。
このまま、この後悔を引きずったままだと、成仏に普通の人の何倍も時間を要するそうだ。だからこそ、私は望まないチャンスを選択肢として与えられていた。
「死にたい、忘れたい」
さっきは、あんなに怖がって逃げてきたのに、実際に自ら決断するとなると、自分は思ったより臆病で、消極的で、優柔不断だった。
「どうしたら、いいの?」
「もう、あんな世界見たくない」
そう、力なく呟いても何も出てこない。
私は、打ちひしがれ、その場に佇んでいた。
そして、災害が起こった、あの世界のことを考えて心が痛んだ。
寝て起きたら、全部が消えていたらいいのに。
心の底から、そう願い、神にすら祈りを捧げてしまいそうになった。
そんな中、あの人の声が聞こえる。
ゆっくりと、私に話し掛ける声は、記憶が途切れそうになっても聞こえた。
それは、まるで、終わらない問いかけのようで。
「あなたは、どうしたい?」
私は、その問いかけを最後に眠りに落ちた。
*
起きたら、いつも通り暗闇の世界だった。
だけど、いつもと少し様子が違っていた。
今日はやけに、モヤの数が多いのだ。
どうしたんだろう?
そう思っていると、いつものように係りの人がやってきた。
ただ、今日はいつもの紙の束に比べ、薄い数枚の紙のみを渡された。
「お疲れ様です、今日でお終いとなります」
そして、いきなりそう告げられる。
私は、その発言に、思考が停止してしまう。
「今日で、お終いって……」
明日からは違う場所、とかですか?
私が言うと、係りの人はそれを否定する。
そして、こんなことをいった。
「今日で、最後なんです」
深刻そうな口調で言うその人に、流石に私も危機感を覚える。
「最後って、どういうことですか?」
私が質問すると、その人は少し言葉に詰まり、しばらく黙ったあと。
”成仏の期限”とハッキリとした口調で言った。
「……」
「あの災害で、死んだ……もしくは」
「あの災害関連で死んだ人の、成仏の手続きが今日までなんです」
おそるおそる、口に出すそいつに、私も思わず身の凍るような思いになる。
「もしかして、私も……」
戸惑いを抑えながら、そういうと、その人は、はいと呟いた。
「今日までに決めて頂かないと、輪廻の輪に戻ってこれなくなります」
「生まれ変わりは不可能になる、ということです」
その人はそれだけ言うと、その場を去っていった。
あとに残された私は、あと一日で自分の運命を決めることになった。
*
それから時間は刻々と過ぎていった。
その間にも、中心の柱のような光は一層輝きを増していき、ついには私たちの目に見えないくらいの眩しさまで到達した。
周りの人間たちは、というと、徐々に数も減ってきており、もうすぐ終焉を迎えるであろうことが、朧げにではあるが、なんとなく終焉の雰囲気が増してきている。
私はしばらくの間、立ち止まって考えていた。
(記憶を消してやり直すか……)
(それとも……)
時々視界に移る、モヤが移動するスピードがいつもより早くなっている気がする。ここに来た当時は、ふらふらだったのが、今では目にもとまらぬスピードで駆け抜けていく。この世界の崩壊も近いのだろうか。
なんとなくだけど、そんな気がして目を瞑る。果たして、何が正解なのか。
決めろ、と言われてからずっと考え続けてきたけど、結局答えなんて出なかった。
私は、瞼を閉じて宙に体を預けた。
そこには爽やかな風が吹いていて、命の芽吹きを感じる。
この世界は、私自身の選択を待っている。
このまま死んでしまうのか、と思った。
宇宙の果てに散り散りになって、私という存在すらなくなってしまって。
木っ端微塵になって、なんにもなくなってしまうのかな。
そんなことを考えたら、少し物悲しくなった。
そんなとき、またあの声が聞こえた。
陽だまりのような、温かさを含んだ声は変わっていない。
私に向かって、何度でも問いかけた。
「あなたは、どうしたい?」
ゆっくりと、脳に直接語り掛けてくるようなこえだった。
それが、何回も、何回も繰り返されることによって、脳がゆっくりと震えていく。なんともいえない心地いい響きに、脳みそが歓喜の叫びをあげている。
「家に、帰りたい」
俺は、それを自然と言葉に出していた。
俺がそう言うと、その女はゆっくり頷いた。
そして、暗かった世界が一瞬にして、光に包まれる。
その中に、確かに自分は穏やかな高揚を覚えていた。
意識が徐々に遠くなる。
そして、最後に残った切れ端には、彼女の笑顔が見えた気がした。
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