プロローグ

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プロローグ

 彼が仕事から帰ってくるまでの間、料理を作って待つのが好きだ。  フードプロセッサーに薄力粉、砂糖、塩を入れ、混ぜ合わせる。バター、卵を加えて攪拌(かくはん)し、牛乳を入れ、更に攪拌する。色んな材料を強制的にないまぜにして、最終的に一つの大きな塊にするのはなんとも言えない快感がある。 ーー人間も、同じことができたらいいのに。  激しくかき混ぜられ、原型を留めていない材料を見て思う。それぞれが自分の思想や哲学や矜持(きょうじ)を持って生きているから、厄介なことになるのだ。大きな箱の中にぶち込んで一つの塊にしてから、人の形に分割してやればいい。一人ひとりが個性なんて持っていない、肉のかたまり。そうしたら、きっとみんな楽になれる。  馬鹿げたことを考えながら、出来上がった生地をラップに包んだ。夕飯は彼の好きなキッシュにするつもりだ。冷蔵庫で生地を休ませる間、ダイニングチェアに腰掛け、テレビを点けた。 「平成ヒットソング特集! あなたの思い出の1ページに残る名曲をお届けします!」  最近よく見る愛嬌のある女子アナのセリフと共に、懐かしい曲が流れ出した。暫くぼーっと画面を見ていると、彼が好きなアーティストの特集が始まった。  私は目を瞑り、テーブルに顔を伏せた。この曲が流行ったのは10年も前のことなのに、私にはなぜか、当時のことが鮮明に思い出された。  学校という箱庭の中で、生きていた。あの頃、私は17歳だった。
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