2. 友達

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「なあ、多香子いる?」  ある日の放課後、教室を掃除している私の肩を叩き、恰幅の良い男がそう尋ねてきた。見たことがない顔だ。違うクラスの人だろうか。 「えっ……と……」  私は言葉に詰まった。若葉は予備校、遥は部活に行っているのは知っていたが、多香子が放課後どこにいて、何をしているのかは知らなかった。  黙り込む私を見て、男は苛立った様子で舌打ちをした。それに萎縮し、思わず俯いた時だった。 「どうした?」    見知った顔が、私を覗き込んだ。伊原だ。私はしどろもどろになりながら、多香子の居場所を知らないかと尋ねた。 「木津なら、さっき校門に向かうの見ましたけど。もう帰ったんじゃないですか?」  伊原が男に向き直り、ハキハキと答えた。今にも泣き出しそうになっていた私は、助け舟を出してくれた彼に心の底から感謝した。 「なんだよ、今日もかよ。いつも掴まんねーな」  男は不機嫌そうに窓の外を睨み付けた。廊下から「相模(さがみ)、いい加減諦めろって!」と笑う声が聞こえる。男の連れだろうか。 「うるせえ!」  相模と呼ばれた男はドスドスと足音を立て教室を出て行こうとしたが、踵を返し、伊原の顔をまじまじと見つめた。 「お前……」 「何ですか?」  伊原が訝しげに聞き返すと、相模は腹をよじって笑い出した。 「お前、例の罰ゲームの! ははっ確かに陰気な顔してるわ」  全身から血の気が引いた。この人、知ってるんだ。多香子から全部聞いてる。多香子の居場所を私に尋ねてきたのも、恐らく多香子から私の話を聞かされていたからだろう。 「あのっ……!」  私が必死に口を挟むと、相模は「大丈夫だって」と下卑た笑みを浮かべ、教室を出て行った。  私は恐る恐る伊原の顔を見上げた。いつも通りのポーカーフェイスからは、何の感情も読み取れなかった。ただ、伊原が何も気付いていませんようにと祈った。伊原が真実を知って、傷付いたりしませんように、と。  自分でも矛盾していることは分かっていた。だけど私は、選べなくなっていた。多香子たちを裏切る勇気もなければ、伊原を傷付ける覚悟もなかった。
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