この手を離さない

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 リュウはいわゆる発達障害児だ。  病名は自閉症スペクトラム(ASD)だが、注意欠如、多動症(ADHD)と学習障害(L D)も併発していると知恵は思う。  最初におかしいなと思ったのは、リュウが二歳になりかけた頃だった。  まったく言葉をしゃべらない。  児童館で、みんなが楽しげに踊っているアンパンマン体操を一緒にやろうとしない。  順番を守らない。  言うことを聞かない。  そもそもこちらの話を聞いていない。  読み聞かせの絵本にも、タンバリンにも、おりがみ工作にも興味を持たない。やる気になっても、五分もすれば興味を失う。こちらがやらせたいと思うことを強制しようとすると反発する。そしていつも部屋の外へ飛び出して、ボールプールで一人遊びしてしまう。  どうしてこの子だけ違うのだろう。単なるわがままとは少し違うようだった。目の前にいるのに、まるでこの子だけが違う世界に生きているように知恵には見えた。  児童館に連れていくたびに勝手ばかりするリュウの行動に、知恵はただただ打ちのめされた。他の子供が正常で、うちの子だけ異常なのだと思うと涙が出た。私もリュウと一緒に逃げ出したい。二人でどこか遠くに行ってしまいたい。こんな辛い思いをするなら、児童館にはもう行きたくないと思った。  リュウのために何かしてあげなくてはいけない。けれども、言葉が通じなくて何もかも思いのままにならない子をどうやって導き、寄り添っていけばいいのか、分からない。  そんな知恵に、リュウは成長が遅いだけだと周囲は慰めの言葉をかけた。  知恵もそう信じたかった。だが、時間はリュウの歩みを待ってくれない。  保育園まであとたったの一年。その間に、みんなと一緒にお返事をして、椅子に座って、お遊戯をして──そんな普通のことができるようになるなんて、今のリュウからは全く想像できなかった。  知恵は役場に相談し、親子で一緒に通える療育施設──「たんぽぽ園」への入所を申し込むことにした。  そこはいわゆる発達障害児の支援を行ってくれる療育施設だ。  一人で保育園に通うことが困難だと思われる子供に、社会との交わり方やルールを学ばせるところだと知恵は理解した。  
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