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第四章 空を泳ぐ雲は橙色に染まる ~パフェ~
「なんで笑ってんの?」
「だって、子どもみたいだから」
「まあ、りんが食べたいなら全部やるけどさ」
「イチゴ、食べたいです」
「わかった。ほら、あーん」
真っ赤なイチゴに刺さったフォークをりんへ向けて、司が言う。
「食べないの?」
仕方なく、りんは串ざし状態のイチゴをかじり取った。想像していたよりも完熟で香りも良く、甘い……はずなのに、何故だか味がわからない。
「美味しいだろ」
「はい」
「メロンは?」
「いえ、いいです」
「はいバナナ」
「あの、もういいです。自分で食べますから」
「いいから。はい」
もう一度、りんは司に一口大のバナナを食べさせてもらった。ほど良い甘味と少しの酸味が口の中に広がる。
「あ、美味しい」
「だろ? 絶対、自分で食べるより美味しいから」
「そうですか?」
「そうだよ」
ムキになってそう続ける司がかわいらしく感じられて、りんは思わず笑顔になってしまった。
「また笑ってる」
「ごめんなさい」
司が突然、手を止めた。何故かりんをじっと見つめている。
「食べないんですか?」
「あ、うん。食べる」
また何かを違えてしまったようだ、とりんが思った。元々、両親とのコミュニケーションさえ取れなかった自分が他人との距離をはかれるはずもない。司が元気になれるのであれば、多少の辛い出来事など問題ないはずだった。家族であるハナの支えにさえなれれば全て上手くいく。
……そうなるはずだったのに。
今でも偽装結婚を決めたことに後悔はない。ただ、司との距離を縮めてしまったことは間違いだった。りんが抱いている司への想いも同じだ。
身近な人に裏切られ追いこまれた状況にいるからこそ、司はりんにすがっているのだ。そこにあるものは愛情ではない。良く言えば、家族としての情。優しい司だからこそ抱く自然な感情に違いなかった。
美味しそうに生クリームを頬張る司が、りんを見た。
「食べないの?」
「食べます」
二人はなんとかビッグパフェを食べきることができた。
「な、お腹いっぱいになるだろ」
「なりました。一生分のパフェを食べた気分です」
「ははは。俺、ちょっとマスターと話してくるから」
「はい、わかりました」
食後のコーヒーを注文し、りんは司を待った。マスターのコーヒーは風味が良く、香り高い。ブラックコーヒーが苦手なりんでもそのまま飲めるような、すっきりとした甘みがある。
窓の外を眺めるとカップルが一組歩いていた。二人の距離は近く、手を繋いで寄り添っているようだった。司と一緒に歩いていたらカップルに見えるだろうか。りんが意味のないことを考える。きっと誰もが釣り合わない二人だと思うだろう。
「ごめんな、待たせて。帰ろうか」
五分ほど経過したとき、司が戻ってきた。りんが一つ頷いて立ち上がる。
「また二人でいらっしゃい」
「はい、ありがとうございます」
二人は駅前の駐車場まで歩いた。
「あのさ、寄りたいところがあるんだけど」
司がどうしてもN町の有名観光地である国定公園に行きたいと言う。
「紅葉の時期に行ったことないんだ。一度見てみたくて」
「……わかりました」
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