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6.
俺たちはその後、昼過ぎまでいちゃいちゃと抱き合ったり、まどろんだり、くだらないことを話したりして過ごした。
「奈月ィ? 本当に、俺に渡すもん、なんもないのか?」
「ないよーだ」
「本当は、カバン中に、隠してんじゃねえの? 手作りチョコみたいなの」
奈月のカバンに手を伸ばして、中身を探ろうとすると、猛烈な勢いで奈月がカバンを奪い取った。
「人のカバン、勝手に開けないでよ」
そう言いながら、奈月はカバンの中から小さな箱を取り出し、俺に差し出した。
あるじゃないか、と言おうとした俺は、箱を見てその言葉を飲み込んだ。箱の中身は、四つに仕切られた仕切りと、そこに僅かに溶け残った、チョコレートの残骸がひとつ。あとの三つの仕切りは、空っぽになっていた。
「食ったんだろ、奈月。せっかく買ったものを、なんで自分で食うんだよ。くれればよかったのに」
「駿ちゃんにあげるものだとは言ってないでしょ」
ついと上を向いて誤魔化す奈月の鼻をつまんでやる。
「ほう? じゃあ誰にやるつもりだったんだよ、言ってみろよ、ああ?」
「言ったらどうすんのよ」
「どうするだとォ?」
奈月は強がりながら、俺を睨んできた。俺は、普段「街」でやっているのと同じようにすごみ、奈月を睨み返す。漫画のように、顔をつき合わせて、俺たちは睨みあった。
俺は拳を奈月の胸にあてた。
「……決まってんだろ。お前、奪い返しに行くんだよ」
そのまま俺は奈月をベッドに押し倒し、今度は睨むのではなく、奈月の瞳をじっと見つめた。長い髪がベッドに扇のように広がり、黒い瞳が俺を見つめ返していた。
「奪い返しても、いい?」
奈月は、一瞬呆気に取られたような顔をしてから、すぐに顔をほころばせた。
「どうやって、自分から奪い返すの?」
下半身が正直に反応しているのを感じながら、俺は奈月の唇を塞いだ。
本日何個目かのゴムを消費して、俺は奈月の上に崩れ落ちた。
「あ! 駿ちゃん。チョコ、あげる」
「ドロドロに溶けたあれなら、遠慮するぞ」
「違うよ。カバン、貸して」
カバンを渡すと、奈月は銀色のパッケージを取り出した。なんだろうかと訝しげに俺が見ると、奈月はそのパッケージから何かを一本取り出した――煙草だった。その煙草を俺の口に差しこみ、奈月は興味深げに俺を見た。
「う、うわ、甘ぇえ」
思わず煙草が口から落ちる。
「まずい? 煙草がどうおいしいのかよくわかんないけど」
「吸ってみないと、味は分からないなあ。――でも、いいよ」
「何が、どう、いいの?」
目を丸くして俺を見つめている奈月の頬に、俺は手を添えて言った。
「甘いのは、お前の唇だけで、十分だから」
長いキスを交わして、唇を離した後に奈月がぼそりと呟いた。
「ようするに、その煙草はいらないってことだよね」
そうして俺たちはまた、夕方まで抱き合いながら、のんびりと過ごした。学校サボるのって、ちょっと快感、と奈月は笑い、クセになりそうと耳元で囁いた。
サボリがじゃなくて、俺の体がクセになるんだろ、と言うと、顔を真っ赤にしながら、そうかもね、とまた笑った。
My heart was stolen by someone a long time ago and hasn't come back to me yet.
リカに言った言葉の続き。俺の心はずっと昔に奈月に囚われて、そのままだ。だから他の女に体はやれても、心はやれない。
リカは唖然とした後に、キザね、と笑っていたけれど、本当のことだからしょうがない。でもきっと、英語で言っても通じないから、奈月に言うことはないだろう。日本語で言うのは、俺が恥ずかしいから、永遠にありえない。だから、奈月が俺のこの気持ちを言葉で知ることはないだろう。可哀相なヤツだ。だから英語を勉強しろと言っているのに。
奈月の肩をしっかりと抱き、俺は奈月の髪にそっと唇をつけた。俺の腕の中で身じろぎをした奈月が、俺を見上げた。
「駿ちゃん」
「なに? 奈月」
「だいすき」
とろりと溶けるチョコレートよりも甘い顔をして、奈月は俺に微笑んだ。二日遅れの、最高のバレンタインデーだった。
――了
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