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第九章 ウィンフォスの名をもつ青年
「あなたには感謝を伝えても、伝えきれません」
翌朝、屋敷の裏庭にいた青年に声をかけられ、相田は目を大きくさせていた。
銀色の髪の青年。相田が森の中で助けた青年であり、この地域を統べる領主の息子である。見た目では20歳に満たない幼さの残る好青年のようだが、それ以上に、全身を泥だらけと化した彼の姿には、相田も驚きを隠せなかった。
「すみません、すぐ着替えますので」
沈黙の相田を余所に、青年は眉の中心にしわを集めながら自身の汚れた体に苦笑する。そして、首にかけていた布を貯水用の水瓶に突っ込み、十分に水を絞った上で、泥だらけの肌を拭き始めた。
「そんなに泥だらけで………」
相田がようやく呟く。
「え? あ、あぁ、これですか。朝は村の人達の農作業を手伝っています。もう日課のようなものですよ」
笑顔が眩しい。
泥を拭いた部分の肌が朝日に当たり、濡れた白い肌を反射させながら、全身をうっすらと輝かせ始める。
青年は最後に顔と手を拭き終えると布を洗い直し、近くに生えていた細い木の枝に干した。そして相田に近付くと、そのまま迷うことなく相田の右手を両手で掴む。
「先日のことはロデリウス殿から伺いました。私の命どころか、母上の命まで救っていただいたそうで、本当に感謝申し上げます」
相田の右手が強く握られ、上下に揺らされる。
「いや、単なる偶然、さ。誰かの役に立てたのなら、こちらとしても幸いだ」
やや戸惑いつつも、相田は青年の手を握り返す。
農作業をしているだけあって、全くの優男ではない体つきだが、戦場で戦う程の豪胆さはない。王のような威厳はなく、お世辞で表現しても、村の美青年という言葉程度の表現しか相田は思いつかなかった。
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