第九章 ウィンフォスの名をもつ青年

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 青年は口を開け、まだ自分の名前を伝えていなかったと照れ始める。 「僕は、キール・ウィンフォスです。ロデリウス殿から聞いているかと思いますが、このアリアスと北にあるフレスベルの街を治めている領主フェルデ・ウィンフォスの息子です」 「相田だ。その………冒険者を、やっている。肩に乗っているのは、兎のフォーネだ」  フォーネは相田の肩の上で右手を上げて挨拶をする。 「冒険者!? 実は僕、冒険者のような人に憧れているんです! 良かったら、旅の話を色々と聞かせてください」  キールは目を輝かせた。まるで有名人に出会ったかのように、キールは相田の手をさらに握り締め、顔を近付けてくる。  だが、相田は自分がついた嘘を信じて無邪気に反応した彼の覇気に押されつつも、何とか顔を反らす。 「す………すまない。実は、俺、記憶が殆ど無くて」  するとキースの手が緩み、うって変わって表情が負の方向へと変わってく。 「そう、でしたか。そうとは知らず、申し訳ありません」 「いやいや、君が謝ることじゃないよ」  彼は絵に描いたような好青年であった。相田の心臓の鼓動が体を響かせるように、一度だけ大きく跳ねる。  相田は彼に向かって首を振り、気にするなと声をかけつつ、頭の中で領主の息子という負のイメージを払拭させる。  キールは、すぐに笑顔に戻ると、『そうだ』と、拳を掌に当てて音を立てた。 「記憶が戻るまで、とはいかないかもしれませんが、落ち着くまではここでゆっくりしてください。何もない村ですが、水も食料も新鮮で、おいしいですよ」
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