第九章 ウィンフォスの名をもつ青年

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 歩くこと30分。籠の中の薬草は2割ほどしか入れていなかった。 「薬草の採取は、奥から、と。それと、小さいのは、また後で、っと。ほいよ」  視界に入った植物の葉に触れると、大きさと手触りから目的の薬草であることを確認し、相田は特に育った葉だけを根元から爪を立てて千切る。そして肩に乗っていたフォーネに手渡し、相田の代わりに背中の籠へと入れていく。  さらに1時間が過ぎると、相田は自分が倒れていた場所へと差し掛かった。 「………さてと、もう1つの目的を果たすとしますか」  背中の籠を木の傍に降ろし、フォーネに近くの薬草を集めて来るように指示する。そしてフォーネが自分の体から離れたことを確認すると、フォーネに背を向けるように自身の向きを調節した。  相田は魔剣を丁寧に抜き放ち、漆黒の波紋をなぞる様に武器の状態を確認する。 「………やっぱり、感じづらいな」  死者の怨念、怨霊といった『負の感情』を感じることが、いつもより難しくなっていた。  魔剣の中に双子竜はおらず、魔剣に蓄えられていた『死』の量も、先の戦で随分と放出させてしまっている。歴史通りならば、この森にはまだ死が溢れていないことになり、それ故の感度の悪さという理由も十分に考えられた。  だが、それが正しいにせよ、間違いにせよ、相田は魔剣に力を蓄えない限り、今までの様に相手の動きを止める程の恐怖心を与えることはできないだろうと結論付けた。  相田は魔剣を握り締めると腰を落とし、自分の胴回りと同じ太さの樹木に向かって横に振り切る。  すると、半分までは労せずに切れるが途中で刃が止まった。 「参ったな………よいしょっ、と」  さらに相田が力を込めると、樹木が刃を挟み合ってくる抵抗を感じつつも、最後まで切り抜くことに成功する。樹木は幹が破砕していく大きな音を立てながら倒れ、百数十年の年月を一瞬で終えていった。
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